◇-売春を否定したいのなら-ぷよ(4/7-01:18)No.464 ┗追記:売春を否定したいのなら-ぷよ(4/7-01:37)No.465 ┣Re:売春を否定したいのなら 1/3-山口あずさ(4/7-13:58)No.469 ┣Re:売春を否定したいのなら 2/3-山口あずさ(4/7-13:58)No.470 ┗Re:売春を否定したいのなら 3/3-山口あずさ(4/7-13:59)No.471 ┗本音勝負です。-ぷよ(4/7-20:00)No.473
| 464 | 売春を否定したいのなら | ぷよ E-mail | 4/7-01:18 |
売春を現在肯定している方々とこそ、 対話すべきではないでしょうか? 彼らはなぜ、どういう部分を肯定するのか? あるいは彼らを肯定させないようにするには、 どうしたらよいのか? ”自分で自分をしつける”必要を説いたくらいでは、 なかなか世の中思い通りにはいかないと思いますよ。 自分で自分をしつけるというコンセプトは、 ある程度共感できるのですが。 私は善悪の基準を、自分の中に持つことの”すばらしさ”を説くことで、 それと似た効果が発揮できないかを、実は思案し続けています。 その結果、時には神やたましいに言葉が及ぶこともありますが、 できるだけそういうことを少なくして、 客観的、論理的に語っていきたいと思っています。 (個人的な宣伝みたいになって恐縮です。) | |||
| 465 | 追記:売春を否定したいのなら | ぷよ E-mail | 4/7-01:37 |
| 記事番号464へのコメント >”自分で自分をしつける”必要を説いたくらいでは、 >なかなか世の中思い通りにはいかないと思いますよ。 というか、それを徹底的に説けるだけの、 論理性などの客観性が必要だと私は思います。 私は売春に関しては否定的でも肯定的でもありません。 他人のやることに善悪を決める手段を持ちませんから。 実のところ売春を徹底的に肯定する人の意見の方に 興味があるくらいです。 わたし? なぜかそういうものには関わりたくないと思ってますね。 それほど自分を安売りしたくないと言うか・・・。 安いとか高いとか、お金の問題よりも尊厳の問題と思います。 | |||
| 469 | Re:売春を否定したいのなら 1/3 | 山口あずさ URL | 4/7-13:58 |
| 記事番号465へのコメント ぷよさんは No.464「売春を否定したいのなら」で書きました。 >売春を現在肯定している方々とこそ、 >対話すべきではないでしょうか? ぷよさん、こういう言い方でわかって貰えるかどうかわかりませんが、わたし は売春ではなく、しつっこく「買春(かいしゅん)」に反対しています。 先の物言いを引きづれば「買春」は「凡庸」なのです。 凡庸が厄災を生むのだという意味で、「買春」という凡庸は「売春」という 「非凡」を生む。 わたしが「売春をしたくない」と個人的に言うことは、決して非凡なことでな はいでしょう。 「当たり前」なのです。 これを凡庸と名付けてもかまいませんが、売春を何らかの形で行った人は、こ の「凡庸」を取り戻しがたい。 (※わたしは、この凡庸を取り戻す手助けも、できればしたいと思っていま す。言葉の上でということですが。) >彼らはなぜ、どういう部分を肯定するのか? >あるいは彼らを肯定させないようにするには、 >どうしたらよいのか? 彼らの肯定の根拠の多くはその凡庸さ。 彼らが力づけられるその最大のものは、「皆がやっていることだ」ということ です。 何も自分一人が「悪いこと」をしているわけではない。 一方、売春をしている方は、誰にも内緒にせねばならない。 このことをもう一度考えてみて欲しいと思います。 | |||
| 470 | Re:売春を否定したいのなら 2/3 | 山口あずさ URL | 4/7-13:58 |
| 記事番号465へのコメント >”自分で自分をしつける”必要を説いたくらいでは、 >なかなか世の中思い通りにはいかないと思いますよ。 >自分で自分をしつけるというコンセプトは、 >ある程度共感できるのですが。 一挙に、ということは考えていません。 この辞典を作るということ自体が運動なのです。 >というか、それを徹底的に説けるだけの、 >論理性などの客観性が必要だと私は思います。 確かにわたしにもっとも欠けているのは、論理的客観的ものいいかもしれませ ん。 正直な話、去年の今頃、わたしは論理学のテキストを読んでいました。対偶と かそーゆーやつね。 で、このHP自体はアダルト向け(^^!)のつもりで展開していたのです。 アダルト向けだったはずのHPを、検索エンジンで宣伝したら、その翌週に「ゆ きこ」と名乗る方の書き込みがありました。 文字通りあわてふためいて、どうしようと困り果てた。 子供に直接語らねばならなくなったのです。 論理学のテキストどころではなくなって、わたしは過去に読んだブンガクやら なにやら引っかき回して、「金銭について」「性について」「日常について」 etc.どこからどう言えばいいのか、とにかく言えることは全部言おうと、ゆき こさん宛の手紙を書きました。本人が読んでくれているのかどうかはわかりま せん。 あざらしさんが、料金設定を高くしろ云々のところに噛みついていらっしゃい ましたが、あざらしさんは、エッセーと辞典の差がそもそもわかっていない。 彼は論理学が得意なのかもしれませんが、わたしの「お稽古」の相手になるか どうかがそもそも疑問です。 | |||
| 471 | Re:売春を否定したいのなら 3/3 | 山口あずさ URL | 4/7-13:59 |
| 記事番号465へのコメント わたしは援助交際の関連の項目を、じぶんの側にいるこどもが発した疑問に答 えるときの参考として、あれこれと書いているだけで、1000万円なら売っ てもいいと世間にむけて発信しているわけではありません。 つまり、わたし自身が、知り合いのこどもに「1000万円だったら売ってき てもいいか」と聞かれたら、びた一文負けないがやれるもんならやってみろ、 ぐらいのことは言うということです。天晴れだ、と言って誉めてもいい。 「できるはずがない」というのが前提だからです。 つまりこの発言をする大人の肉声をあてにした「項目」なのです。 恐らく、こどもには論理的整合性よりも効果的だと思う。(この件に関しては ね。) あざらしさんと今お話したいという心境にはないのです。 何度も書いているようにパワー切れというのが大きい。 ただ、しらいさんが座布団を用意してくれた(掲示板をわざわざもう一つつ くってくれた)ので、わたしは24歳の男の子の誘いを断りがたく、ふらふら とあちらの掲示板に行ってしまったのでした。 わたしって、情緒的なのよね。(←また怒れれそうなことを書いてしまった- -;) | |||
| 473 | 本音勝負です。 | ぷよ E-mail | 4/7-20:00 |
| 記事番号471へのコメント 私と山口さんとの見解の食い違いは、 生き方そのものから来ているのかもしれないと思いました。 私はあざらしさんにむかって、 「人の世話を焼いてる暇があったら、まず自分自身を生きることを 考えてください」 と、反論したことがあります。 今もその気持ちは変わっていません。 ただ、彼は孤独をおそれずに自分自身が満足できる生き方を、 しているような気がしますので、今私から言うことはありませんし、 矛先が私に向いていない以上、あえてもう一度戦うこともないと思っています。 何が言いたいかというと、生きると言うことは、 最終的にも自分自身の問題なのです。 人に対して良いことをしようとすることで、 自分自身を生きる道を見つけることまで否定はしませんが、 そこから生き甲斐を見いだしているという自覚は持って欲しいと思っています。 人間というのは他者との関係が重要ですが、 その関係の中だけに生き甲斐を見いだす人ばかりになると、 それぞれの善悪の基準は異なりますから、 摩擦がおき、喧嘩がおき、戦争がおき、 その他、いろんな災厄が起こり得るように思います。 (売買春もその延長だと思っています。) 今、お疲れでしたら自分を休めるのはいいことと感じます。 とにかく自分自身(の人間性、とあえて付け加えておく)を大切にすることを、 最優先に考える人ばかりになれば、 自分自身を生きることを最優先に考えるように、 人間一人一人がなれば、多くの災厄は防げるだろうと思うのです。 人に共感するのは大事なことですが、 そのためにその感情に流されてしまいすぎるのは、 自分自身のことを考えるなら、損失だろうと思います。 (私がそう感じるだけで、悪いことではないでしょう。) 言葉を発するなら客観性は必要だろうというのが、 考える人である私にとっては大事なことなのです。 そういう視点も忘れないでいただきたいと思います。 どちらが目標に早く達するか、競争ですね。 なんちて〜。 | |||