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| 396 | メッセージ1 | nolphin | 3/31-13:04 |
ここにレスを書いて下さった皆さん。山本さん、ぷよさん、チノボーさん、清隆さ ん、由藤さん、林洋子さん、Yoshimiさん。 それから、読んで下さった皆さん。 このような場を提供して下さった、山口あずささん。 どうもありがとう。 ぼくはいままで、彼女のことはごく親しい一部の人を除いて打ち明けたことはあり ませんでした。 ひとつは、彼女のことを考えはじめると、全く余裕がなくなってしまっていたか ら。(いまでもそう変わらない。ぼくはいま、精一杯自制しながらこれを書いてい ます。) もうひとつは、これ以上彼女を傷つけたくないと思っていたから。 でもいま思うと、ただ彼女を独占していたかっただけではないかという気もする。 彼女は生きている間は自由だけを望んでいたのではないかと思う。 自分を傷つけた父親から 自分を助けてくれなかった母親から 心の中からわき上がる罪悪感や嫌悪感、劣等感から 人々の偏見から 自分に刻まれた刻印から ただ逃れたいと思っていたのではないかと思う。 この場で彼女を自由にできたらと思います。 彼女は常に両親から「お前が悪い」と言われていたそうです。ぼくの親も「彼女に 隙があったからだ」と言っていた。彼女はぼくに「わたしが悪いの?」と尋ねてい ました。 彼女は父親の欲望の対象となって、自分の存在すら消されていた。父親は彼女に 「お前が誘うからだ」と言い訳していたらしい。このケダモノは自分の欲望を彼女 を鏡にして見ていたんだろう。(そして「わたしは娘を愛しているのだ」とかなん とかぬかすのだろう。) 母親もおなじようなこと言っていたそうです。母親も自分の欲望を(多分若くなり たいとか愛されたいとかいう)、彼女に映して憎悪していたのかもしれない。 自分の娘を鏡にして・・・ これほどグロテスクなことがあるだろうか。吐き気が する。 この家の中に彼女は存在しなかった。暴力と無視によってその存在そのものを消さ れていた。 | |||
| 397 | メッセージ2 | nolphin | 3/31-13:06 |
| 記事番号396へのコメント よくこんな状況で四年間も耐えられたものだと、悲しく思う。 知り合ったとき、彼女は自分の存在そのものを信じられなくなっていました。 親に何度も何度も「お前が悪い」と言われ続けて、本当の自分とケダモノたちの鏡に映し た欲望とのあいだの区別がつかなくなっていた。彼女の魂は暴力によって透明なものにさ れていったのです。 わけもなく泣いていた彼女。彼女の消されてしまった魂が痛んでいたのだと思う。 ぼくは彼女の魂をもう一度かたちあるものにしたかった。もう一度生きていることを取り 戻して欲しかった。 彼女は何をそのとき感じていたのだろう。どんな闇を見ていたのだろう。魂を透明なもの にされていくことはどれほど辛いことであったろう。 悪意の中でただひとりで生きていることの孤独。味方は消されてしまいそうな自分しかい ないということ。 それを考えていると気が狂いそうになる。 想像できないものを想像すること。その困難さにぼくは直面する。しかしぼくは考え続け るしかない。ぼくは結局彼女を救うことはできなかったのだから。 ぼくは彼女の家族(あれを家族と呼べるのなら)について、特に書くべきこともない。た だこの世界にあるすべての憎悪を贈る。 彼らは欲望の残余だ。残り屑に過ぎない。しかしそのくずどもこそが問題なのです。 | |||
| 398 | メッセージ3 | nolphin | 3/31-13:08 |
| 記事番号396へのコメント 最初のうち、彼女はぼくとおなじ映画を観ても、おなじ音楽を聴いても、本を読んでも、 服を買いに行っても、おなじものを食べても感想を言わなかった。 彼女はまずぼくに感想を聞くんです。 ぼくが無理に尋ねるとすごく困った顔をしていた。 好きか嫌いか、良いか悪いか、何が良くて何が悪かったのか、そう思うのはどうしてか。 ぼくはゆっくりそれを聞いた。映画を観たあと、お茶を飲みながら、上映時間以上の時間 をかけて感想を話すこともあった。 思いつくことをぽつりと恥ずかしそうに言う。 いつも、彼女の魂は美しいと思った。それはぼくの魂とは違っていて、必ず違う視点を含 んでいるのが嬉しかった。 魂を消し去ること。 その存在をそもそもなかったことにすること。 暴力によって魂をもっているはずの当人にさえ見えないものにしてしまうこと。 わたしの欲望を他者にまるで自分がそれを望んでいるかのように思わせること。 これは、陰湿で、巧妙で、不快で、高度なほとんど唯一であると言ってもいい悪であると 思う。そしてこの悪は、あらゆる暴力、戦争、カルト、権力による抑圧、ひょっとすると 愛や家庭からすら生じるものかもしれない。ぼくがここに書いていることばすらそのよう な悪を帯びているかもしれない。(もしそうなら、ぼくはぼくのことばを全て否定しよ う。) ぼくはこれらすべてに反対する、レジスタンスになりたい。 | |||
| 399 | メッセージ4 | nolphin | 3/31-13:09 |
| 記事番号396へのコメント ぷよさん。 ぼくは彼女を通してしか世界を見ることができないのです。 彼女は世界を正しく見ようとしていた。彼女が訳もなく道ばたで泣き出すのを見るとき、 ぼくはその努力を思った。 情緒不安定なんかじゃない。 世界を正しく見たいという努力だったのだと思う。 大切なのは「何故か?」や「何をなすべきか?」と問うことではもはやないと思う。 これを読んで下さったみなさんの「視点」や「座標」が問題なのではないかと考えていま す。 世界や他者を正しく見ようとすること。 彼女の涙がこの世界に対するものか、見ることの不可能性を思ってのものかは分からな い。だけどぼくたちはその努力をしなくては何度でも誤りを繰り返す。 ぼくは本来ならここにただ憎悪をまき散らしても良いのかもしれません。 しかしそれを精一杯自制しながらこれを書いています。 ぼくはぼくらと世界との間にあるとてつもない断絶を見た。 ぼくにとって彼女はこの世界の刻印なのです。 ぼくは山口さんと「恋の学校」でずいぶん恋について語ってきました。 ぼくはそこで、恋は衝撃であると言った。 そしてそれは跳躍でもある。 包み込むものでもなく、生き残るための何かなのです。 もしぼくが彼女に恋しなかったら、ぼくはこの世界に飲み込まれていたかもしれない。 彼女という世界の裂け目にぼくは耐えられなかったかもしれない。 | |||
| 402 | メッセージ5 | nolphin | 3/31-13:10 |
| 記事番号396へのコメント もし彼女のことを知って衝撃を受けていただいたのなら、その衝撃をどうか忘れないで欲 しいと思います。 ただ忘れないでいただけるのなら、それだけでも世界がこのようなものではなくなるかも しれない。 もしいま他者を傷つけている人、傷つけようとしている人がいたら、どうかそれをやめて 下さい。 あなたの目の前にいる人は、あなたの知るその人ではない。あなたの欲望でしかない。 本当にそこにいるのは、にんげんです。 もし、傷つけられて打ちのめされている他者を見かけたら、話を聞いてあげてください。 間違っても「あの女」なんて言わないで欲しい。一緒にいて上げて欲しい。 にんげんであることを認めて上げて下さい。それだけでいいのです。 チノボーさん。"The Biginning"書いて良かった。その場所にぼくと彼女はいる。音楽は 静かにそこを指し示す。 チノボーさん。ぼくはことばに絶望しているんです。過去の記憶をことばで語るというこ とは、大切な何かがこぼれ落ちていくようです。 ぼくにはたくさん伝えたいことがある。でもそれをことばにしたとたん、それはすり替え られ、意図しないものになっていくような気がする。 | |||
| 403 | メッセージ6 | nolphin | 3/31-13:11 |
| 記事番号396へのコメント ぼくには彼女が一体何であったのか、わからない。 いろいろな言葉で彼女を形容することはできるだろう。でもそこから何かがこぼれ落ちて いく。そしてこぼれ落ちたものこそ彼女ではないかと思う。 彼女やゆきこさんは謎のままでしょう。でもそれでも良いのだと思う。彼らは他者なので す。 (ぷよさん。彼女に感情移入できないというのは本当に正しい態度かもしれません。決し てあなたが冷たい人間だからではないのだ。) ぼくらは目をこらし、耳を澄まし、彼女たちから衝撃を受け、打ちのめされればそれで充 分だと思う。 こころの中で彼女たちがとげとなり、それを引き抜かない限り、ぼくらは、少しは善く生 きることができるのではないでしょうか。 彼女たちが、あるいはぼくのことばが特権化されてはならない。 その向こうにあるものを、その涯てにあるものを、ただ衝撃としてみなさんに知ってもら うことを、こころの底から願う。これは祈りなのです。 | |||
| 404 | ありがとう | 山口あずさ | 3/31-18:45 |
| 記事番号403へのコメント ここにコメントをつけるのが正直ためらわれるほど、わたしは感動しています。 ただ、わたしが一応管理人なので、わたしが返事をしないと他の人が返事をしにくいかもし れないと思い、書き込むことにします。 nolphinさん、これを書いてくださるのにものすごいエネルギーが要ったであろうことを想像 しています。 nolphinさんが辞典の掲示板に書き込みをしてくださるようになったころ、ウィトゲンシュタ インの話をしてくださったのを思い出します。 語り得ぬものに対しては沈黙しなければならない。 この言葉の意味がおぼろげながらわかるように思います。 語る前にまず耳を澄まさなければならない。 そう思います。 | |||
| 405 | 語ることしか出来ない | ぷよ E-mail | 3/31-20:32 |
| 記事番号404へのコメント >nolphinさん、これを書いてくださるのにものすごいエネルギーが要ったであろうことを想像 >しています。 > よくぞエネルギーの氾濫を抑えることをやってのけなさったとわたしは感じます。 わたしはnolphinさんに不幸になって欲しくないと思ったのです。 だから、かなりつめたい言動をつかいました。 はっきり言ってわたしは感受性に欠けています。 客観的に見て、nolphinさんほどのひとが、 恨みや憎しみに身を浸しているのだとしたら、 世界にとって損失だろうと感じました。 以上はわたしの個人的な意見です。 >語り得ぬものに対しては沈黙しなければならない。 > >この言葉の意味がおぼろげながらわかるように思います。 >語る前にまず耳を澄まさなければならない。 >そう思います。 理解することが重要であるという点においては賛成です。 わたしには想像力が欠如していました。 なるほど、そういうことかと、今ごろ納得しています。 おまえが悪いと言うのは、この世界で一番言ってはいけない言葉だと思います。 絶対に悪いのは自分の受け止め方であるという反省が成り立つはずですから。 安易にそういう言葉を使うならば、それだけで罰を下してもいいとすら思います。 だから、わたしはおまえが悪いとは言わないで、 何が悪いのかを構造の方に求めます。 向いている方向は、nolphinさんや山口さんとは同じと思います。 手法が異なるのでしょう。 人間はもっともっと自分の力に自身を持っていいと思っています。 勝ってやるよりは、負けるもんかの方がいいと思っています。 勝つべきは敵にはなく、克つべきはおのれだろうと思います。 くれぐれもnolphinさん、がんばってください。 | |||
| 409 | Re:語ることしか出来ない | 山口あずさ E-mail URL | 4/1-07:35 |
| 記事番号405へのコメント >恨みや憎しみに身を浸しているのだとしたら、 >世界にとって損失だろうと感じました。 ぷよさんは以前、恋の学校で「わたしは恋をしたことがない」と 書かれました。 ぷよさんを、恋をしたことがない人代表にしてしまって申し訳な く思うのですが、nolphinさんは恨みや憎しみに身を浸していた りはしない。 彼は「ぼくはこれらすべてに反対する、レジスタンスになりた い。」と書いています。 この言葉の意味をもう一度受けとめてください。 nolphinさんは恨みや憎しみを持つ人ではなく、徹底的に恋する 人です。 (ここ以下は近藤さんへのレスも含む) わたしは申し訳ないが「愛」という言葉は使いません。 この日本で「愛」なんざぁすっかり堕落している!と思うからで す。 nolphinさんとまいこさんは切り離しては考えられない。 「二人の恋」は10年前に「親の愛」など凌駕してしまってい る。「二人の恋」などと言うと甘ったるく聞こえますが、わたし の言うところの「恋」は実に厳しいものです。 >何が悪いのかを構造の方に求めます。 何が悪いのかの構造を考えるという点には賛成です。 わたしは「凡庸」という言葉を使った。 まいこさんに対する実行犯は彼女の「実父」です。 が、まいこさんの生きがたさを決定的にしたのは、まさにこの 「凡庸」なのです。 これはわれわれの中にいる。 だから、われわれはまいこさんの痛みを感じなければならない し、nolphinさんの恋を思わなければならない。 わたしは、そう考えています。 | |||
| 407 | Re:メッセージ6 | 満月 E-mail URL | 4/1-01:17 |
| 記事番号403へのコメント まいこさんとnolphinさんのお話を、ずうっと読んでいました。何度も レスを付けようと思って出来ませんでした。みなさんのご意見と、何か が決定的に違っているのです。それを表現することも出来ませんでした。 今日のnolphinさんの発言を読んで、やっと一言だけ言えるような気が して、今頃のこのこ出てきました。 この中にはまいこさん側の立場の方は多分いらっしゃらなかった。その ことが決定的な違いの原因かもしれない、ということ。これは私の話な のです。まだそのことを冷静に「ことば」に出来ないのです。きっと永 遠に。それはことばではない。人を悪人と決めることで救われるたちの ものでもない。むしろ自分を辛い目に遭わせた人にこそ救われてもらわ なければ、恨みは循環して永遠にどこかで増殖し続ける。 ・・・同じ体験があるわけではありません。しかし、親との関わりの中 で激しく打ちのめされ、十歳で記憶を失い、感情を失い、今に至るまで 回復が不可能なまで神経を痛めました。私は「悪人」として生きざるを 得なかった。加害者としての自分しか知らなかった。冷静に考えるとそ れは単に偶然が重なってそうならざるを得なかっただけで、私が「悪い」 ことをしていないことは分かるのですが。 | |||
| 408 | Re:メッセージ6 | 満月 E-mail URL | 4/1-01:18 |
| 記事番号407へのコメント 私は生まれる前から仏教で、「お釈迦さま」という漫画を読まされたり して育ったので、その中の捨身飼虎の部分などを我が身に重ね、私(兎) がお腹の空いた虎に我が身を食べさせることで虎は潤い、生きることが 出来る、兎の心は虎に染み渡り、無益な殺生をしないようになるのだと いうような教えを実に無邪気に信じ、三十年以上待ちました。そこには 親鸞の「悪人正機」の説の力が大きく作用しました。「善人なおもて往 生を遂ぐ。いわんや悪人においてをや」中学一年から二年にかけてこの 考えに没頭しました。 劇的な和解が成立してからの私の人生は、これ以上ないほど光に満ち満 ちています。もちろんまいこさんとは経験の内容が違います。だから出 来たことでしょう。しかし、自分を消してしまう以外に自分が「悪人」 であり、悪をなしつづけることを消す手だてがなかったことは同じです。 書きたいことのいくらも書けていません。ほとんど支離滅裂。でも、こ のことを書けて、それもいつものハンドルで書けて、よかったと思う。 今、私は、残酷かつ、普通の皆さんのご意見とは正反対かもしれないけど、 いつも思っているこの言葉をここに書こうと思います。 すべてを肯うことからしかすべては始まらない。 nolphinさん、ありがとう。父の子、母の子としての幸せをあらためて 激しく感じることが出来ます。愛してあげたい。愛されなかった分。そ れだけが愛されることにつながるただ一つの道だから。 とんちんかんでごめんなさい。 | |||
| 411 | Re:メッセージ6 | 山口あずさ E-mail URL | 4/1-07:39 |
| 記事番号408へのコメント 満月さん、ありがとうございます。 それにしても、nolphinさんはいい男ですよね^^!。 世の中の男性がみんなnolphinさんみたいだった ら、われわれはさぞ幸せだろうに。 | |||
| 415 | ことば(1) | チノボー | 4/1-12:20 |
| 記事番号403へのコメント nolphinさん、ここに六つに分載されたご発言を読んで、 そのあとになにを書けばよいのか、とまどっています。 けれども、なにか書かずにはいられない。 倫理やイデオロギーについては、いまのところ、 わたしは差し控えておこうと思います。 これはこの問題にかんしてだけではなく、 ふだんから考えていることなのですが、 言語にからめ取られるという危険と戦う準備ができるまでは、 (つまり、たまには言語の裏をかける、程度に言語に習熟するまでは) 倫理やイデオロギーについては発言を控えようと思っています。 それに、そういう問題についてはすでに活発に?発言が寄せられてますし。 メッセージ6で >ぼくらは目をこらし、耳を澄まし、彼女たちから衝撃を受け、 >打ちのめされればそれで充分だと思う。 >彼女たちが、あるいはぼくのことばが特権化されてはならない。 >その向こうにあるものを、その涯てにあるものを、 >ただ衝撃としてみなさんに知ってもらうことを、こころの底から願う。 とお書きになっています(都合で一部改行を変えさせていただきました)。 わたしは、nolphinさんが呈示したご自身の体験を、 ひとつの熱力学的「強度」として受け取りました。 (隠喩的な言い方で申し訳ありません) | |||
| 417 | ことば(2) | チノボー | 4/1-12:50 |
| 記事番号415へのコメント (仕事場のブラウザの設定がまずくて、改行するとなぜか一行アキになってしまってすみません)「強度」として受け取ること。一般化・普遍化・敷衍したくなったり教訓のようなものを抽出したくなったりする欲望と、ぎりぎりまで戦うこと。 わたしは言語芸術を研究することで飯を食っている人間ですが、だからこそ、というべきか、言語は一筋縄ではいかないと思ってます。「愛」や「恋」という語でこの「強度」に立ち向かいたくありません。「愛」概念の問題点はあずささんがお書きになったとおりです。また、ドラマや歌謡曲の「恋」言語をつうじて形成される恋愛至上イデオロギーが「恋できない」人々をどれだけ抑圧しているか。(あずささんがいう「恋」がドラマや歌謡曲の恋とイコールだとは思ってません。ただあまりに実直に「恋」という語をお使いになることにたいして、どうしてもある種の危惧を抱いてしまうので) メッセージ5で >チノボーさん。ぼくはことばに絶望しているんです。(略) >ぼくにはたくさん伝えたいことがある。 >でもそれをことばにしたとたん、それはすり替えられ、 >意図しないものになっていくような気がする。 という言葉を読みながらわたしは、「ことばへの絶望」すら言語にして伝えなければならないことでnolphinさんが背負ってしまったであろうものの重さを、推察するしかありません。 | |||
| 421 | ことば(3) | チノボー | 4/1-13:58 |
| 記事番号417へのコメント nolphinさんは、彼のケースや彼のことばが「特権化」されることがあってはならないという意味のことをお書きになっている。これはほんとうに注目に値することです。 もし特権化されたら、彼の体験はより広い「家庭問題」とか「家庭内児童虐待」などの「種(しゅ)」「普遍概念」のひな形となってしまうかもしれません。 もちろん、人間が社会生活を営んでいくうえでは、ものごとを抽象化したり、共通点のある個々の「個物」をまとめて呼ぶための名称を考えたりする必要があります。 けれども、同時に、抽象化もひとつの暴力なのだということを、わたしは忘れたくないのです。 たとえば「愛」という語の怖ろしいところは、nolphinさんのまいこさんにたいする態度についても、nolphinさんのご両親がnolphinさんにたいして取った態度にも、そしてさらに呆れたことに、まいこさんのお父さんがまいこさんにたいしてとった行動にも、文脈次第で貼り付けることができる記号なのです。この三つがまったく違った種類のものであるのは言うまでもありません。けれども、愛という語を、最初の一例にのみ適用することにして、あとの二例に用いるのはやめよう、などという提案は、個人の次元でしかできない問題なのです。 「愛」という語に二番目や三番目の例にも貼り付く力があるという事実は、国語辞典の編集者にも否定することができない。 だから、わたしには、nolphinさんの体験を読んで、それにたいして「愛」「恋」という普遍語をさしむけることはできませんでした。 個人的な話で恐縮ですが、わたしがほんとにつらいときに、善意からわたしに「愛」を説く人がいました。その人の善意はよくわかったのですが、わたしは沈黙せざるをえませんでした。その人は、わたしの沈黙すらひとつの言語として解釈なさいました。わたしにはどうすることもできませんでした。 それでもわたしは、言語に「絶望」するところまでは行っていません。こうやってキーを叩くくらいには。 ただ、nolphinさんに共感するのは、言語にたいして素朴ではいられないところ、言語を伝達の道具としてのみ考えないところ、なのです。そのような立場にある人間が、それでも書こう、語ろうとすること。 その一点から、わたしは目をそらすことができません。 | |||
| 422 | Re:ことば(3) | チノボー | 4/1-14:01 |
| 記事番号421へのコメント メッセージ5で、nolphinさんはお書きになっています。 >チノボーさん。"The Biginning"書いて良かった。 >その場所にぼくと彼女はいる。 nolphinさんはべつに「言語がダメで音楽ならいい」と言っているのではない。なぜなら、ここでデリック・メイの曲を媒体として伝達がおこなわれているのではないからです。 ここにあるのはあくまで「デリック・メイ」という「語」であって、いくらその字をクリックしたところで、「ザ・ビギニング」がMIDIでコンピュータのスピーカから流れる、ということはない。 ただ、デリック・メイの音楽に基本的に「歌詞」というものがないこと、原則として「人の声」がはいっていないこと、これはここでいくら強調してもしたりないのです。 nolphinさんが挙げている音楽がボブ・ディランやなんかの「歌詞を伝えるために旋律や編曲を利用する」タイプの音楽ではなかったから、よけいわたしは、nolphinさんにたいして愛や恋を説く気にはならなかったのです。 (われながら図式的で安い理屈) nolphinさん、わたしは、あなたが背負っているもののどれほども、きっとわかっていないのだと思います。 それでも、ここ数日のこの掲示板を読んで感じたことを、ことばで書いてみようとやってみました。 それは、ことばへの絶望を負ったままそれでもここにことばを書いているnolphinさんの、まねをしてみただけかもしれません。 わたしの仕事場はさいわい個室なので、わたしは眠りたいときに仮眠を取り、泣きたいときに泣くことができます。 なのでわたしは、これから数分間、パソコンの前でちょっと目をつぶっていようと思います。 もしここまで読んでくださっていたら、ほんとうにありがとうございます。 | |||
| 423 | 本当にありがとう | nolphin | 4/1-18:19 |
| 記事番号422へのコメント はじめまして、チノボーさん。そしてありがとう。 >わたしの仕事場はさいわい個室なので、わたしは眠りたいときに仮眠を取り、 泣きたいときに泣くことができます。 >なのでわたしは、これから数分間、パソコンの前でちょっと目をつぶっていようと思います。 >もしここまで読んでくださっていたら、ほんとうにありがとうございます。 ぼくの意図を正確に読みとってくださいました。 本当にありがとう。 「目をつぶって」いただくことをぼくは望んでいたのです。 満月さん、ありがとうございます。 あなたのハンドルネーム、いつもきれいだど思っていました。 ここに書き込んで下さったことに感謝します。 満月さんは、彼女と近いところにいます。 ぷよさん、どうもありがとう。 ぼくも暴力や抑圧の構造を考えることから始めたい。 でも、ぼくのことばにもそういう悪がひそんでいるのかもしれないのです。 そのほか書き込みしていただいたみなさん。 読んでいただいたみなさん。 どうもありがとうございます。 彼女たちがとげとなってみなさんのこころにあり続けることを祈っています。 | |||
| 432 | Re:本当にありがとう | ぷよ E-mail | 4/2-00:22 |
| 記事番号423へのコメント >でも、ぼくのことばにもそういう悪がひそんでいるのかもしれないのです。 nolphinさんごめんなさいね。 この言葉を聞いて、とても安心しました。 (なんて言ってると山口さんに怒られそうですが。) すべてを受け入れることが幸せにつながるとは思いませんが、 受け入れてみて、どうしても吐き出したくなる要素を、 頑張って取り出してみようとする過程の中に、 世の中をして不幸を蔓延させしめているものを、 指摘することができるのではないかと、 私は感じます。 山口さんの言って見せた凡庸というのは、 なかなかいいキーワードだと思います。 自らを凡庸たらしめないようにするための、 手段の一つとしてこの言葉を手にするのはすばらしいことだと・・・。 できるだけ広い視野から物事を見つめるという態度は、 nolphinさんから感じることはできるけど、 ますますそれを頑張ってみてほしいと思います。 (私自身はそこに救いを見ましたから・・・。) ちなみに、私が恋や愛について語れないのは、 あるいはそこから逃げようとするのは、 そういう体験がないからです。 お気づきでしたか??? (もう一度向き合ってみる必要を感じています。) | |||