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◇-読書について-nolphin(3/5-15:25)No.312

 ┗Re:読書について-山口あずさ(3/7-20:51)No.313




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312読書についてnolphin 3/5-15:25

ぼくは子どもの頃、図書館のひとになりたかった。高校生の頃ホルヘ・ルイス・
ボルヘスの「バベルの図書館」という短編を読んで、つよくそう思うようになっ
た。結局ぼくは司書にはならなかったけど、いまでもなりたいと思うことはある。

 本はかなり非効率なものだ。時間はかかる。金もかかる。部屋も狭くなる。それ
でこころ安らげるならそれでもいいが、ツンドクの山からは無言の圧力がにじみで
てくる。

 半分追い立てられて読んでるような気もしてくる。むかし読んだ倉橋由美子さん
の小説(「ヴァージニア」か「聖少女」かどっちかだ。)に、専門書を一日に20
0ページ読む習慣を持っている人が出てくるけど、ぼくもそれに結構近いものがあ
る。

 ぼくは本を最初に開くときの匂い、紙の匂いが好きです。古本だと少しかび臭い
ような、ほこり臭いような独特な匂いがする。和本からは樟脳の香りがする。新刊
書も出版社によって、本によって匂いが変わる。多分紙やインクや糊の質のちがい
なのでしょう。

 ぼくは読書家というよりもむしろ愛書家(ビブリオマニア)に近いような気がし
てくる。これはかなりヤバイ。散財する可能性がかなり高い。(ボルヘスや荒俣宏
さんや高山宏さん級になればすごいけれども。)

 メディアとしての電子出版が一般化し電子アルシーヴが本格的に整備されはじめ
ると、ものとしての本は消えてゆくのだろうか。ぼくは紙の上に書かれた文字が好
きだ。ことばからにじみ出てくる思考の襞が匂ってくるのを感じることがよくあ
る。ぼくの思考の襞を、その本の著者の思考の襞がなでてゆく。それはほとんどエ
クスタシーといってもいい。まだ、サイバースペースはそこまでエロティックなメ
ディアになってはいない。電子や光子の「速度」があるべき襞をそぎ落としてし
まっているように思う。それに電脳はまだフェティッシュを獲得していない。読書
という快楽は、まだしばらくは大丈夫だと思う。

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313Re:読書について山口あずさ 3/7-20:51
記事番号312へのコメント
電脳フェティッシュは別の処ですでに開花していそ
うですが^^;、確かに読むということのエロティシ
ズムを考えたときに、コンピューターの文字は本に
負ける。
第一ベッドに持ち込めないし^^!。
それに電子文字には傷が付けられない。
わたしは本に線を引くのが好きです。
本を汚すのは嫌いと言う人も多いけれど、わたしは
がんがん線を引いてしまう。
読み終わったら、自分のサインと日付を入れる。
友達が、作家のサインかと思ったら、なんだアズサ
のかぁと言ってがっかりしていたことがありました
が^^!。

わたしは本屋さんで、本の背表紙とお話しているの
が一番好きなのかも知れない。
何冊も本を買い込んで、帰りの電車でぱらぱら見
て、家に着いたらそのままツンドクの運命が待って
いたりする。

本は自分のものにすることができるけれど、電脳文
字は今ひとつ自分のものになりきらない感じがしま
すね。