じぶんでじぶんをしつける辞典(編纂中) さ〜

最高のセックス

気持ち悪くないセックスが最高のセックスである。(文責:山口 990703)

最低のセックス

気持ちの悪いセックス。たとえ夫(or 妻)でも断るのが当然だろう。セックスをしなくても死ぬわけではない。が、しかし、そのような相手を配偶者にしたということは、自らの不徳の致すところである。八つ当たりをするよりは憐憫を与えたい。(憐憫にも限度があるが。)
当然のことながら、赤の他人と気持ちの悪いセックスをする必要は全くない。金品を与えられてPTSD (心的外相後ストレス障害) になるという選択をわたしはしたくない。(文責:山口 991012)

酒を飲みたいとき

酒を人に勧めるとき

当人がもういいと言っているのに無理にすすめない。(文責:山口)

殺人について

わたしはたとえ相手がどんなに悪い人間でも、殺人をしたくない。その最大の理由は、面倒だからである。殺人に割くエネルギーがあれば、他のことをしたい。また、悪い人間を裁くに当たっては、他の手だてを考えたい。(文責:山口)

幸せ

幸せは、幸運を得ることによってもたらされるのではない。幸せは感じとるものである。だからこそ、じぶんの手でつかみ取ることができる。(文責:ひろし000417)

寺院でのマナーについて

寺院での基本的なマナーはきちんと守る。たとえばフラッシュを焚かないで下さいと言われた場合、神父さんが見ていなければ焚いてもいいのではなく、誰が見ている見ていないにかかわらずフラッシュは焚かない。抜け駆けで下手な素人写真を撮ったからと言ってなんの得になるだろう。他の人たちが大切に思っている神様をないがしろにするような真似はしたくない。(文責:山口)

試験を受けたとき

答合わせをちゃんとして、できなかったところをできるようにする。(文責:山口 01.05.18)


エピソード:久しぶりに試験を受けた。学生の頃にきちんと答合わせをしなかったので、その反省を込めて項目化した。今回、ある試験を受けるにあたって、同じ試験を受ける人同士のメルマガを購読した。とてもいい刺激になった。(文責:山口 01.05.18)

自国の政治家がよその国に爆弾を落とそうとしているとき コメント

この政治家に投票しない。仮想敵を必要とする愛国心はどう考えても卑しい。愛国心というのをどうせ持つのなら、もっとささやかに持ちたい。(文責:山口)

自殺について

死にたいものは仕方がないと思う。が、自分の近しい人が死にたいと思ってそれを実行に移そうとしている場合、これは仕方がないでは済まされない。なぜか。私というのは、私だけで成り立ているのではない。私は私をとりまく様々な関係性で成り立っているのだ。自分の身近な人が死ぬということは、自分の一部分が死んでしまうということ同じなのである。
これを基にして自分が自殺することを考えると、私は自殺することによって私に関わりを持つ多くの人の一部を殺すことになる。したがって、私が自殺することは悪いことである。(文責:山口)

自転車のかごに空き缶が捨ててあるとき

空き缶をごみ箱に捨てる。隣の自転車のかごに入れてはいけない。ごみ箱にきちんと入れることによって、わたしは小さな悪をくい止めることができるのである。もちろん最初に捨てる一人にならないのは言うまでもない。(文責:山口)

支配について

支配しない。支配されない。(人間関係において、相手をコントロールしようとしない。そして相手からもコントロールを受けない。そんな対等な人間関係が好きです。)(文責:エドワード 991126)

じぶんについて   コメント

わたしはたとえ人におめでたいと言われようとも、自分のことが好きである。従って、自分のことを嫌いになるような行動はとらない。(文責:山口)

自分の親が好きだということ

自分の親に対していらいらするということ コメント

自分の親に対してはついいらいらしてしまいがちである。しかしこれは理不尽なことではないか。わたしは甘えてはいないか?我が身を省みて年寄りをいじめないようにしたい。(文責:山口@林洋子さんよりヒントを得ました。)

自分の親を誉めること

自分の親を誉めるのは文字どおり自画自賛である。時と場合に応じて、自粛したい。(自粛する必要のない場においては、大いに誉めて労をねぎらってあげたいという気持ちもあるが。)いずれにせよ、臨機応変であるべきで、常にどんな親でも誉めなければならないなどということは、決してない。(文責:山口 000123)

自分の価値

自分にとって自分の価値とは、他の人の価値判断に基づくものではない。下手に他人、あるいは世間の価値判断にすり寄れば、わたしは簡単に偏見の被害者になることだろう。例えば、片親で育った人間が何か劣っている。あるいは、何か犯罪被害に遭った人間が劣っている。あるいは、血統が劣っている。あるいは、知能指数が劣っている。あるいは、単に女性(男性)である。これらの偏見を受け入れる人は、いつでもその被害者になる落とし穴を自らの内側に掘り続けることになる。従って、わたし自身は、わたし自身のためにこれらの偏見に組みすることはない。(文責:山口)

自分をゆるす

自由について

ときめくことに於いて自由でありたい。(文責:山口)

週刊誌の見出し広告について

いじめの文脈そのままである。いじめ方の宣伝をしているのと同じであると感じる。(文責:山口)


羞恥心について

羞恥心を持つのは、人として当然のことである。私は厚顔であることを望むべきではない。厚顔であることと勇気は別物である。(文責:山口)

小市民的常識と偏見

小市民的常識は死守する。小市民的偏見は破壊する。(文責:山口)

小児性欲について

小児に性欲があろうがなかろうが別に構いはしない。が、成人が小児に性欲があることを逆手に取って、自らの性欲の解消に利用することは明らかに犯罪である。わたしは彼らの詭弁を認めない。子供の性にいらぬ干渉をすることを性教育とは呼ばない。(文責:山口 991029)

少年が犯罪を犯しその実名がわかってしまったとき コメント

他人に告げない。もしわたしがマスコミであれミニコミであれ報道に従事していたとしても、その実名及び写真を報道はしない。これはわたしが大人である以上、守らなければならないルールである。雑誌が売れてボーナスが沢山貰えても、わたしはこのような報道には荷担しない。また知りたいという気持ちを抑えるのも同様に、モラルだと考える。(文責:山口)

女性と一緒に道を歩くとき コメント

車道に近い方をじぶんが歩く。(文責:守口守)

コメント:
女性と一緒に歩く時、車道に近い方をじぶんが歩く、のです。
とはいえ、最近の女性は、そうした機微がわからず、どんどん勝手にいって、平気で自ら車道側を歩くようになってしまているようです。
ああ、大和撫子は、今何処…(文責:守口守)

知らない国の名前を聞いたとき

まず、地図を調べてみる。(文責:じょさんぷ 000715)

人生が辛いとき

無理をせず、じぶんの人生との和解に務める。(文責:山口 991231)

親切

人に親切にできる機会というのは、それほどあるものではない。もし親切にできそうな機会に巡り会ったら、ぜひともその求められているところの親切をしてみたい。が、しかし、求められていない親切をするのは、野暮である。超能力者にはなれないが、人の気持ちを察することのできる人になりたい。(文責:山口 000713)

心臓停止したとき

来るべき(?)心臓停止に備え、「臓器提供意志表示カード」を今現在携帯している。他の人もそうするべきだと主張するつもりは毛頭ないが、わたしはわたしの臓器を生きる可能性のある人に役立ててもらうことを欲する。また、家族にもこれに同意して欲しい。(文責:山口 99.3.3)
臓器提供意志表示カードの左端にある赤い数字にも○をつけないとならないようです。提供の意志のある人は、○をお忘れなく。(文責:山口 000416)

水道が出しっぱなしになっているとき

止める。地球資源を大切にしたい。(文責:山口)

スーパー等でこどもが商品をこわしたとき

こどもを厳重注意する。この際「お店の人」に怒られますよと言うのではなく、保護者が責任を持って怒る。お店の人に怒られるのはこどもではなく監督不行届きであったその保護者、つまりわたしである。(文責:山口)

好き嫌いについて

好き嫌いとは生まれながらに自分の身に備わっているものではない。好き嫌いとは磨くことのできるものである。わたしは自分の好き嫌いを磨くことによって、趣味の良い人間になりたいと思う。(文責:山口)

ストーカーにできること

ストーカーを辞めることができる。自らのストーカー的資質に気付くことができる。二度と被害者を作らないことができる。(文責:山口 000309)

スリッパを脱いだとき コメント

揃える。(文責:山口)

正義感について

正義感とは、われわれの根幹にある美意識の一つである。この根幹が傷ついたとき、われわれは生きて行けない。汚職が発覚すると必ず自殺者が出るが、それは彼らの心の底にある本質的な美意識が傷ついてしまうからである。若き日の正義感はわれわれの奥深くに息づいている。(文責:山口)

精神的に誰かをサポートするとき

自分の弱さや傲慢さや虚栄心を自覚する。自分の無力さと向き合っていく覚悟を持つ。(文責:山口/文案:朔 010309)

性的自己決定について

性について悪い印象を持たないために、性は主体性を持って自己決定されるべきである。ところで、売買春を性的自己決定に基づく行動であると考えることは不可能である。なぜなら、買春者は売春者の性的自己決定放棄のためにその対価を支払っているのであり、売春者は自分の好み、その他性的に自己決定されるべき要素を売却していると考えられるからである。このことはもちろん、売春者が自分の意志で売春を行っていることを否定しているわけではない。売春者は売春という汚物処理業務を行うことを自己決定していると考えられる。(文責:山口)

性と労働について

性はわたしにとって労働ではない。従って、資本主義経済社会の原則にのっとった「売り買い」できる商品ではない。(文責:山口)

咳をするとき

口を押さえる。(と他の人にウィルスを飛ばさないで済むのだそうです。)(文責:山口)

セクハラを受けたとき

セックスがしたいとき

まず第一に清潔でありたい。悪臭を放つようでは相手に非礼である。セックスがしたいときに最も重要なのは自分の欲望ではなく、相手の気持ちである。また、人の気持ちを尊重できる人は、それなりにモテるものである。ちなみに、わたしは「オヤジ」がなぜ朝シャンをしないのかとても不思議である。朝からタバコ臭い人間がモテないのは当たり前であり、これは自己責任と言って差し支えない。(文責:山口 990703)

セックスワーカーについて

わたしにとって買春夫とはとてつもなく汚らしい存在である。この汚らしい人間とセックスをするというのは、想像するだに身の毛がよだつ。が、この身の毛のよだつという感覚は、倫理観というよりは、わたしの個人的な感受性に過ぎない。従って、買春夫とセックスをしても大丈夫だという女性(成人に限定する)の存在を認めたいと思う。また、買春夫に買春を辞めさせるために有効な発言をあれこれ試みたものの、まったくものを考えない買春夫に買春を辞めさせるというのは、恐らく不可能であろう。従って、売春者に対する需要が根強く存在することも認める。売春婦差別は確かに不当なものである。売春を職業として認めたい。売春とは汚物処理であり、売春者は立派な汚物処理業者である。現在、一般に汚物処理業務に従事されていらっしゃる方に対して、あるいは非礼な物言いになるかとも思うが、買春夫の存在は、世の中に広く充満し、彼らは買春者精液という汚物を排泄するに当たり売春者を必要とする。売春者に対し、汚物処理業者としての尊敬を与えたい。また、買春者は汚物排泄者として自己を認識し、売春者に対する尊敬の念を忘れることのないように要求したいと思う。(文責:山口 99.5.14)

セックスワーカーの日本名

セックスワーカーの日本語の名称を考えてみた。「性的汚物処理者」あるいは、「性的汚物処理技能者」である。相手も選ばすに性行為が可能であるというのは、明らかに特殊技能であり、たとえ買春夫といえど人に喜ばれる職業であることは尊いと言って言えなくはない。(文責:山口 990515)

セックスをするとき

予め予定が立つのであれば、ピルを飲むなどして完全に避妊をする。とっさの場合は相手に避妊をきちんと要求する。セックスをするたびに孕(はら)んでなどいられないし、排卵日などあてにならない。望まない妊娠は極力避けるようにしたい。(文責:山口 000421)

選挙について

ろくな候補者がいないと嘆く前に、自分にも被選挙権があることを思い出してみよう。候補者は少なくともわたしよりは政治に適性があるかもしれない。またとりあえず、立候補しているだけで偉いと考えることもできる。従って、投票には必ず行くようにしたい。確かにめんどうくさいと思わないではないが、わたしの手にしているこの一票は、過去現在未来を通じて、さまざまな意味で歴史的一票である。やはり無駄にしてはいけない。(文責:山口 99.2.17)

先生について コメント

先生は尊敬しなければならない。両親のみならず、世間の大人たちが敬意を払っていない先生の言うことに対して、生徒は耳を傾けないであろう。(文責:山口)

戦争について

汝殺すべからず(文責:キリスト)

善について

何かを判断するとき、また何か行動をするときに、「善」を選択し、「善」を用いることこそが人間が生きていく上で最も効率的である。人々が平和に暮らし続けるために、他の手法を用いることは不可能である。従って、わたしは常に「善」を選択することを心がけ、また間違えたときには「善」を選択し直すことのできる人間でありたい。(文責:山口)

タオルをタオル掛けに掛けるとき

両端をきちんと揃えて掛ける。(文責:山口)


エピソード:昨日(1999.1.30)、母にそう言われたので。^^;。(文責:山口)

タクシーの運転手さんが道がわからないとき

いらいらしない。自分がわかるのであれば、その旨教えてあげれば済むことである。(文責:山口)

タクシーを降りるとき お礼を言うシリーズコメント

お礼を言う。酔っぱらいのわたしを真夜中に家まで無事に運んでくださるのは、本当にありがたい。(文責:山口)

宅配便等で贈り物が届いたとき

すぐに届いた旨の連絡をし、お礼を言う。お返しをそのうちするからいいや、というのはなしである。めんどうでも、電話かはがきを書いて、少なくとも届いたのか届かないのかという先方の不安を解消してさしあげるようにしたい。(文責:山口)

竹串を捨てるとき

半分に折ってセルテープでくるみ指を刺さないようにして捨てる。(文責:山口 990724)

他国の通貨が安いことを理由に海外旅行をするとき

他国の通貨が安くなったからといって海外旅行にいさんででかけるのは、いささか失礼なのではないかと思う。が、旅行客のもたらす外貨はその国を潤すために必要でもある。従って、他国の通貨が安いことを理由に海外旅行を思い立ち、旅行に行くのは悪いことではないだろう。
しかし、あなたがたの国の通貨が安いのでわたしは贅沢をしにここに来たなどいう態度では、わたしにはその国のよさは決してわからないであろう。通貨の強弱はわたし個人の努力及び品性とはほとんど全く関係ないと言ってよい。
またわたしが旅行業者である場合は、他国の通貨暴落をよそ目に「今行けば安い!」などと大々的に広告するのは止めたい。(文責:山口)

堕胎について   コメント

堕胎は殺人というよりは、むしろ自殺である。自殺者を悪く言うことはわたしにはできない。人に自殺して欲しくないのは当然であるが、今現在の日本に於いて、妊娠した者はすべて出産すべきとは言いがたい。一人の赤ん坊を一人の人間にするには覚悟がいる。(文責:山口)

エピソード:air pocketでの発言で「堕胎を前提としたセックス」という言い方をした人(恐らく男性)がいた。正直、背筋が寒くなった。避妊をしそこなうのと、堕胎を前提とするのとでは意味が全く違っている。援助交際の本を読んでいると、いわゆる「中だし」をされて云々という記述がでてくる。「堕胎を前提として」セックスをできる人間をわたしは人と呼ぶことはできない。(文責:山口)

正しい援助交際の仕方

好きな人とする。愛し愛されている場合はきちんと「恋愛」と呼ぶようにする。お金が余っている方が、お金の足りない方に多少のお小遣いを渡すことは構わない。(文責:山口990703)

正しい結婚

本当に好きな人とする。でないと実質的に売買春になる可能性がある。(文責:山口990704)

正しい「売り」

好きな人に「売る」。相手は優しくて、自分を大切にしてくれる人に限る。この際、相手は「わたしの身体が目当てである」という事をもっと正確に(=情緒的に)表現する必要がある。「身体が目当て」ではなく、「愛されている」と言うようにし、「売り」は羞恥心をこらえて「セックス」と呼び替える。(文責:山口990704)

正しい買春

大好きな人を買う。自らの経済力をすべて捧げて悔いのない相手であれば、買ってもかまわない。当然のことながら、一生愛し続ける覚悟が要る。この際、買春は純愛と呼び替えることとする。これ以外の買春者は、一人静かにマスターベーションをし、孤独に死ぬことをお薦めする。(文責:山口990704)

正しい売春

ものすごく好きな人にする。信頼できる人に対してこれを行い、一生愛し愛され続けるのであれば、すみやかにこれを純愛と呼び替える。これ以外の売春は単なる汚物処理業務である。(文責:山口990704)

タッチタイピング

簡単である。誰にでもできるようになる。一度覚えてしまえば一生使える。(文責:山口 000421)
※当初ブラインドタッチという言葉で掲載していたが、視覚障害者への配慮からタッチタイピングという呼称が一般的になりつつあるとのことだったので、これに準拠した。(山口 011010)
付録:タッチタイピングの簡単なテキストを作りました。pdfファイルです。ご自由にお使いください。ここをクリック!

他人を嫌なめにあわせる

小学校高学年頃、クラスメイトにちょっとした嫌味を言ったりすることを知的なことだと考えていた。思えば幼い頃から、「いぢわる」は知恵比べとして行っていたような気がする。今でも毒舌は治らないが(不治の病?)、できることなら他人を嫌なめにあわせないことに対して知恵を使いたい。(文責:山口000712)

他人をしつけるということについて

他人をしつけるまえにまず自分をしつける。自分をしつけた上で他人のしつけについてものを申すことはあり得る。(文責:山口)

タバコについて

わたしはタバコをそもそも吸わないので、ここでタバコを吸わないと書いたところで自分をしつけることにはならないのだが、あえて吸わないと書くことにする。百歩譲って、タバコがどうしても必要な人の身になって考えてみても、我慢すべきときには「我慢して吸わない」ということを主張したい。タバコを吸わない人間がタバコを吸う人間に対して我慢せねばならないという根拠はどこにもないように思う。もちろん、自分に被害が及ばない場であればこの限りではない。(文責:山口)

エピソード1:台風の日、夜中にバス停でバスを待っていた。わたしの後ろにタバコを吸いながらバスを待っている男性がいた。強風のため、彼の吐き出した煙がわたしの上に被さるようであった。わたしが一歩退くと、その方も一歩こちらに近づいて来る。恐らく何も感じていないのであろう。揚げ句、彼は火のついたままのタバコをポイと路上に投げ捨てた。火のついたままのタバコが強風に煽られ、アスファルトの上を回転して行った。実に平和そうな顔をした男性であったが、わたしはこの人を善良と呼ぶのだろうか。

エピソード2:フランス団体旅行中、冷房の効いた窓の開かないバスの中でタバコを吸っている男性がいた。ちょうどわたしの前の席であったので、公共のというよりは自分の福祉のため、「タバコはちょっと」と言い難そうにではあるが、きっぱりと言った。が、このオヤジはなかなか火を消そうとしない。添乗員がマイクをとり、「フランスでは車内でのタバコが見つかると500フランの罰金を払わされます」と言った。1万円札よりも高価な札が一枚吹き飛ぶと聞かされ、オヤジが即座に火を消したことは言うまでもない。罰金刑がないと、この程度のルールも守れないのだろうか。

旅先で土地の人に世話になったら

帰ったら必ずお礼の手紙や電話をする。初めての土地は右も左も分からない。こんな時、有り難いのは土地の人の助けだ。これにより旅は十倍にも楽しくなる。世話になった人には無事に帰れたことの報告と厚意へのお礼はしたいものだ。(文責:手塚肇)

旅先での厚意について

旅先での厚意は素直に受ける。どこでもそうだが厚意は素直に受けて、大いに楽しむのが礼儀だとも思う。お互い嬉しければいいではないか。ただし甘え過ぎは禁物。(文責:手塚肇)

旅における恥について

旅の恥はかきすて無い。旅先でこそきちんと行動すべきだ。大胆になるのはいいが、あんまりはめをはずすと二度と行けなくなることにもなりかねない。(文責:手塚肇)


旅の恥をかき捨てた場合、自分は二度と行かないとしても後で行く人が迷惑をすることがある。また逆に、かつて旅の恥をかき捨てて行った人のために、同じ場所から来たと言う理由だけで、同様の悪事を働くのではないかと疑われることもあるだろう。悪い前例とならないように心がけたい。(文責:山口)
エピソード:自転車で日本一周をした高野聖一君から聞いた話である。かつてヒッピームーブメント華やかなりし頃にやはり同じような旅をした人たちがゴミを散らかして帰ったため、自分もやはり散らかすのではないかと疑われて、テントを張る許可をして貰えなかったとのこと。後人の夢の邪魔をしてしまうというのは、いかにも情けないことだと思う。(文責:山口)

暖房が効きすぎているとき   冷暖房に関するコメント

温度設定を下げる、または一旦暖房を止めるなどして温度を調節する。下手に我慢するのは地球資源の無駄である。(文責:山口)

地下核実験について

もぐらに申し訳ない。いやもっと深いところで実験は行われたのだろう。微生物に申し訳ない。その微生物をたべものとしているもう少し大きな生物に申し訳ない。そしてその生物をたべものにしているもっと大きな生物、やはりわたしはもぐらに申し訳ない。食物連鎖で繋がる全ての生物に、そして何より地球に申し訳ない。(文責:山口(ちょっと埴谷雄高氏の真似))

痴漢について

痴漢は病害虫と同じである。わたしが駆除しないと他の人に迷惑がかかる。公共の福祉のため、痴漢は駅員さん、警察などに通報するようにしたい。また、つい出来心などと言って謝る痴漢を、被害者が情状する必要を感じない。潔く社会的地位を失っていただいて、何等差し支えない。(文責:山口 990509)

ちくるということ

問題の解決に第三者がどうしても必要なときにはちくる(=密告する、告発する)必要がある。「ちくり」はときに必要悪である。仲間を裏切ることになるが、その仲間がそもそも仲間に値しない場合は、「ちくり」は裏切り行為である前に、正当な権利主張となる。ただし、不当な自己主張のために「ちくり」をすれば、ほんとうの友達を失ってしまう。今自分の身の上に何が起こっているかを、冷静に見極めた上でちくる必要のあるときはわたしはちくるであろう。(文責:山口 991029)

中学生の殺人のニュースに接したとき コメント

おろおろする。(文責:山口)

補足:雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 欲ハナク 決シテ瞋(イカ)ラズ イツモシズカニワラッテイル 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ アラウルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ 小サナ萱ブキノ小屋ニイテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ 南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコワガラナクテモイイトイイ 北ニケンカヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイイ ヒデリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ ソウイウモノニ ワタシハナリタイ(宮沢賢治)

駐車場で車から降りるとき

横の車にぶつからないように、ドアは静かに開ける。(文責:Mitsuhiro 000421)

テレビで恥をかくこと

テレビで恥をかきたいとは思わない。通常の生活の上でも恥をかくことなど望んでいないのに、どうしてわざわざテレビなどというマス・メディア上で恥をかきたいと思うだろうか。テレビで恥をかきたい人間がいると思うこと自体が愚劣である。他人に恥をかかせることを目的とする番組に、わたしは関心を持たない。また、テレビで他人の秘密をぺらぺら話すことも愚劣である。(文責:山口 991123)

テロに遭ったとき

近親者がテロに遭った場合、わたしはこの犯人が法的にきちんと裁かれることを望む。が、この犯人の属する国家、あるいはこの犯人をかくまっていると思われる国家を相手に戦争をすることは望まない。
また、わたしがテロに遭って命を落としたとする。この場合も上記と同様である。
戦争をしてもらってもわたしは浮かばれない。(文責:山口 011109)

電車で席に座るとき

じぶんよりも席にすわるのにふさわしい人がいないかどうか確認してから座る。じぶんが他の人よりもすばしっこく席を確保できるというのは、当然の権利などではない。すばしっこく席を確保できない人の方が席を必要としているであろうことは、想像に難くない。(文責:山口 99.03.16)

電車で席を譲ってもらったとき

お礼を言う。自分が座るときに少し避けて貰ったような場合にも、さりげなくスマートにお礼を言いたい。(文責:山口)

電車で席を譲るのが照れくさいとき

降りるふりをして席を立ち上がる。(千野帽子談 99.03.16)

照れくさいのを我慢して席を譲る。
お年寄り、お腹の大きな女性、赤ちゃんを抱いているお母さん、席を譲りたいと思っても照れくさいことがある。またタイミングを逃してしまったように感じることもある。もちろん、自分よりももっと元気の余っていそうな人がどうどうと座っているなんていうこともある。しかし、これはわたし自身の問題である。他の人は関係がない。また照れくさいという羞恥心が悪に荷担するものであるのなら、わたしはこの悪に荷担するのを止めたい。(文責:山口 98)

電車で出入口付近にいるとき

乗降客の邪魔にならないようにする。特に降りる人の邪魔になる場合は一旦降りてからまた乗るようにする。電車の中でおしくらまんじゅうをするのは、エネルギーの無駄である。(文責:山口)

エピソード:数カ月前(まだコートを来ている時期だった)、十代後半と思われる女の子が4人、電車のドアのところに座り込んで、楽しそうに話をしていた。楽しそうなのはけっこうなのだが、乗降客にはたいそう迷惑な話で、皆眉をしかめながら誰も注意をしようとしなかった。わたしも体調不良のためか精神不良のためかやはり注意ができなかった。むっとして彼女たちを跨いで通る男性などもいたが、彼女たちは「お通ぉーりぃ」などと言って笑っている。彼女たちの顔つきはどちらかと言えば穏やかで、それほど悪いことをしているという気がなかったようである。一言言えなかったこと、言ってあげられなかったことを未だに悔いている。(文責:山口)

電車に乗っていて空気が悪いとき

はずかしがったり、めんどくさがったりせず、自分で窓を開ける。他の人が窓の側にいるのに開けてくれないなどと恨めしく思ってはいけない。(その人は単に鈍感なだけかもしれない)また、わたしが息苦しいときは、他の人も息苦しいと思ってほぼ間違いないだろう。(文責:山口)

電車に二人連れが乗ってきたとき

電車に二人連れ(もしくはそれ以上)の人が乗ってきたときに、自分が席を代わる、あるいは少しずれてあげればその人たちが並んで座れるというようなことがよくある。そういうときには、並んで座れるように座席を移動する。(文責:山口)

電車の中でお化粧がしたくなったとき

電車の中でお化粧がしたくなった経験は今の所ないが(※基本的に電車に乗る前に化粧は済んでいる)、もし、万が一、お化粧がしたくなったときは、我慢する。他人に化粧をしているところを見られるのは沽券にかかわる。わたしはじぶんの外見が心底だいじである。どうせなら、元からビジンだと思われたい。(文責:山口 000713)

電車を降りるとき

混んでいる電車を降りるときは、まわりの人に体当たりする前に「すみません」と声をかけたい。声をかけることによって、無駄な体力を消耗せずにすむ。(文責:山口 000713)

店屋物をとったとき

容器は必ず洗ってから返す。家庭であれ会社であれ、ぜひそうしたい。何かのタイミングで容器をすぐにとりにきて貰えなかったために、中の残り物が腐敗するという事件が会社で起こった。この悪臭を嗅いだ被害者はかなりの人数にのぼる。わたしはこのような悪臭発生源の加害者にはなりたくない。(文責:山口)

ドアが開けっ放しになっているとき

明らかに閉めた方がいいと思われるドア(冷房中、暖房中など)が開けっ放しになっているときは、それに気づいたという責任のもとにわたしが閉める。(文責:山口)

トイレで水を流すとき

手で押すように作られているものは、手で押す。じぶんが足で押したものを他の人が手で押すことを当然だと思うのは不遜である。(文責:山口 020217)

トイレットペーパーで手を拭くこと

トイレットペーパーは手拭きではない。トイレットペーパーで手を拭いて、手がきれいになったと思えること自体が不思議である。ハンカチちりがみを忘れずに、というのは小学生レベルの常識である。(文責:山口 991012)
エピソード:以前、トイレットペーパーで顔を拭いている人を目撃したことがある。トイレットペーパーで拭く程度の顔だったのだろう。(文責:山口 991012)

トイレットペーバーを使いきってしまったとき コメント

新しいのを必ず補充する。非文化的な目に自分があわないために必ず新しいのをきちんとホルダーに補充しよう。ついめんどうくさいと思うのは悪魔の囁きである。(トイレの中でもしっかり自分を見つめよう)(文責:山口)

トイレを使ったあと

自宅でトイレを使ったあとは、汚れていなくても、ブラシでさっとこする。今は目に見えなくても、確実に汚れは付いている。流しただけでは不十分。(文責:松 000602)

同情について

売買春等の犯罪的行為について下手な同情はしない。同情をするべき場面は他にあるはずだ。また犯罪的行為を自分が行うとき、他人の同情をあてにするのは卑しいことである。(文責:山口)

道徳

人類が生き延びるための最後の砦。(文責:山口 000329)

図書館で本を借りたとき

期日までにきちんと返す。また本に書き込みをしない。(文責:山口99.03.09))

富について

高い方から低い方に流れればいい。(文責:山口 991231)

友達が援助買春夫であるとき

中高生を対象とする買春を行って、援助交際などという戯けたことを言っているような馬鹿者はわたしの友などではない。そんな行いは援助でもなければ、交際でもない。紛れもない「犯罪」である。たとえ女の子の方から誘われたのだとしても、お断りするのが大人というものである。こんなオヤジに誰がしたなどと下卑た発想はしないで貰いたい。一切の例外は認めない。きみはわたしの友ではなく、まして親でもなければ兄弟でも親戚でもない。彼らとは絶縁する。自分のパートナーがこのような行いに及んだと知れば、当然のことながら、即座にお別れする。わたしにはきみが同じ人類であること自体、汚らわしい。(文責:山口)

友達が買春夫であるとき

友よ、馬鹿な真似はやめよ。(文責:山口)

友達が悩んだり、苦しんだりしているとき

真剣に話をきく。何もしてあげることはないかもしれないけど、話せば負担が軽くなることもある。その後、自分なりの回答を言ってあげることができれば、尚良いと思います。(文責:増野恵)

友達が入院したと知らされたとき

わたしが行けば喜んでくれる人であるのなら、なるべく早くお見舞いに駆けつける。まさかと思うような人に二度と会えなくなることがある。(文責:山口)

友達がのろけているとき コメント

我慢して聞いてあげる。いつかは自分ののろけ話を聞いて貰える日が来るかも知れない。何事につけお互いさまである。(文責:山口)

友達が売春行為を行っているとき

わたしは友が心配である。(文責:山口)

友にしてあげられること

友にわたしが何かしてあげられることがあるとすれば、それは友達でいるということである。(文責:山口)

友について

友は何が言いたかったのだろう。わたしは友が何が言いたかったのかと考えよう。なぜなら、友はわたしに話しかけてくれたのだから。(文責:山口 990420)

友を信ずるということ

友は友ゆえに信ずる。(文責:山口)

ドラッグについて コメント

ことわたしに限って言えば、ただでさえぼーっとしているのに、これ以上ぼーっとなどしたくない。たいした判断力の持ち合わせもないのに、これ以上世界が不明瞭になることなど以ての外である。(文責:山口)


ドラッグをする人は日常的に不安で退屈だからやっていると思われ、また気力や 現実の加速感を不自然な形で得ようとしてると考えられる。その見返りは、現実に戻った 時の、更なる不安や退屈。そして恐怖。これは精神を虫食む悪循環である。少なくともわたしはやらない。

(文責:Wandering Ran)

なぜ人を殺してはいけないか

鉛筆であれ消しゴムであれ、他人のものを取るのはいけないことである。人を殺すということは、その人から全世界を取り上げるのと同じことであり、とてもいけないことである。また、その人がこの世界からいなくなるということは、その人が関わっているすべての人からその人を奪うことでもある。従って、人を殺してはいけない。(文責:山口)
殺される人の歴史、現在、そして未来まで、それこそすべてを奪う行為だから。(文責:Mitsuhiro)
自分が殺されたら困るから。(文責:ぷよ)

鍋や食器を洗うとき

人間について

人間はその肉体がまだ元気に生きているというのに、修復不可能なまでに心(=精神)が壊れてしまうことがある。人間の心を壊す最大のものは戦争だろう。また援助交際も人間の心を壊すのに十分な働きをする。天然自然の災害によっても人の心は壊れてしまうのだ。人災によるものは極力避けたい。(文責:山口)

年賀状を書くとき

なるべく1月1日に先方に到着するように書く。(文責:山口 991231)
エピソード:ごめん、まだ書いてない。(991231現在。。やまぐち)

脳死したとき

来るべき(?)脳死状態に備え、「臓器提供意志表示カード」を今現在携帯している。他の人もそうするべきだと主張するつもりは毛頭ないが、わたしはわたしの脳死をわたしの死と考える。わたしの臓器を提供する事に何等異存はない。わたしはわたしの未来の担当医を信頼したい。また、家族にもこれに同意して欲しい。(文責:山口 99.3.3)
エピソード:以前、テレビでミイラの作り方を放映していた。心臓は心臓の壺、腎臓は腎臓の壺、肝臓は肝臓の壺というふうにすべて別々の壺に納めていた。それぞれの臓器をそれぞれの壺に納めるという埋葬の仕方を考えるとき、臓器提供という埋葬の仕方は非常に合理的である。(文責:山口 991012)

臓器提供意志表示カードの左端にある赤い数字にも○をつけないとならないようです。提供の意志のある人は、○をお忘れなく。(文責:山口 000416)

は〜わ

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