汚らわしい。(文責:山口)
嫌がって泣く幼児に排泄の仕方を教える必要はない。かれらは自由にどこででも排泄する自由を与えられるべきである。嫌がる子供に何かを強制させるのはいけないことである。(文責:山口)
売春者差別をわたしはしない。わたしが嫌悪するのは、売買春そのものである。経済的事由で売春をせざるを得ない人を気の毒だと思う。性的自己決定と言って売春を選択する人は、考えが足りないと思う。わたしはその人を差別したくない。また、売春者の性に対して対価を支払わねばならない買春者の性は、売春者の性よりも明らかに劣っている。彼らは売春者の雇用者ではなく、自らの性に対応する性を購入せねばならないのだから。(文責:山口 990516)
売春者の賤業意識は、差別に基づくのではなく、彼ら自身の美意識に基づく。家族に言えないのは、美しいと思われているわたしを失いたくないからである。人は本質的に自分を美しいと思えなくなったら生きていくことができない。売春という職業を選択するのは、その人の本質にとって危険なことである。辞めたいと思っているのであれば、今すぐに辞めることをお薦めする。わたしはあなたの友になろう。(文責:山口 990516)
金銭的代償を得た上で、ほんとうにはセックスをしたくない人と、セックスをしたいふりをしてあげた上に、実際にセックスをしてあげるとても心の広い人。あるいは、セックスとは所詮このようなものと諦めてしまっているかわいそうな人のこと。(文責:山口 990516)
女子中高生から売春という選択肢を取り上げるのは大人の義務である。(文責:山口)
売春は職業かもしれない。確かに4K労働(キツイ、キタナイ、キケン、ケガラワシイ)であることを鑑みると、高額な対価はむしろ当然であり、これを職業であると呼ぶことは可能であろう。では翻って買春とは何か? 彼らは一体何なのだろう。金銭を支払ってまでセックスのしたい馬鹿。あるいは、金銭を支払わなければセックスのできない惨めな人間。もしくは、金銭を支払うということで自らの優位性を感じた上でしかセックスのできないたわけ者。それにしてもせいぜい数万円を支払うことで優位性を感じ、赤の他人の前で全裸になることのできるらしいこれらの人間とは一体何者なのだろう。売春とは金銭目当てのれっきとした職業だと考えたときに、買春夫にはいったいどこに身の置き所があるのであろう。(文責:山口)
売春は犯罪である。自由意志で行っていると主張する人がいるかもしれないが、これは自由ではなくその正確な意味における自堕落に他ならない。これを自由と呼ぶことは自由に対する冒涜である。(文責:山口)
売春はなくならない、それはそうかもしれない。確かに殺人が根絶されることがないように、売春も根絶されることはないのかもしれない。が、殺人件数を減らせるように、売春件数が減らせないというわけではない。また、売春を減らすもっとも効果的な方法は買春を減らすことである。少なくとも、わたしが買春(あるいは売春)をすることはあり得ない。(文責:山口)
転職する。もっとも夫に暴力をふるわれ、性病をうつされ、なおかつ子供がいる家事労働付き売春をしている場合などは、転職が困難である。子供のために我慢して、引き続き売春をつづけるのも選択肢の一つだが、この際、子供が売春婦になる可能性が非常に大きい。買春夫とすみやかに離婚し、他に職業を持つことをお薦めする。また、このようなお母さんに対して、我々は心有る態度で接したい。
売春が文学で扱われるのは、それが人間が置かれる極限状況だからである。何か素敵なことだからではない。また、買春はその正確な意味における恥であり、粋というのは誤解である。また、買春が粋であった時代(=遊女が平均年齢21歳でこの世を去った時代)があったことを認めたところで、現代においてそのような環境も風俗も存在しないことは自明である。買春夫が何よりも見るべきであるにもかかわらず見ようとしないのは、彼自身を映す鏡である。(文責:山口)
売買春に対する嫌悪感は家父長制度にあるのではない。われわれは他人の性が気持ちが悪いのである。例えば他人の使用した下着を着用すると気持ちが悪いように、われわれは自分の所有する恋人以外とのセックスは気持ちが悪いのである。われわれは自分の恋人をお互いに愛によって所有しており、家父長制によってその性を所有された妻が、そもそも愛を感じていない夫とのセックスが気持ち悪いというのは当然と思われる。また思うに、愛によって恋人を所有したことのない人間が、売春者を嫌悪するのは、その人にとって、そもそも性が気持ちの悪いものだからであり、また、愛によってその恋人や、妻や夫を所有している人間が売春者を嫌悪するのは、愛していない人とのセックスが自分が現在行っているようなセックスとは本質的に異なるものであることを熟知しているからである。従って、この嫌悪感は、前者にとっては本人の端的に生理的な嫌悪感であり、後者にとっては美意識に基づく嫌悪感である。売春者差別を考えるときに間違えてはならないのは、この嫌悪感が差別に基づいているわけではなく、この嫌悪感が差別に容易に結びついてしまうということの方である。われわれは事の本質を見きわめることによって、売春者差別を乗り越えることはあるいは可能かもしれないが、売買春に対する本質的な嫌悪感を乗り越えることは不可能である。(文責:山口 990516)
売春はお金が目当てだからいけないのだそうだ。それではわたしは何を目当てに毎日会社に行っているのであろう。お昼休みに友人と話をするのは確かに楽しいかもしれない。仕事もいい仕事ができれば嬉しいこともある。しかし、給料日にお給料がきちんと振り込まれないとしたら、わたしは会社に行くだろうか? お金目当てがいけないのであれば、わたしが会社に行くのも確かにいけないことである。しかしそれでは世の中のまじめに働いている人間が皆悪いということになってしまう。となると、この売春はお金目当てがいけないというのは欺瞞のような気がする。これは買春夫が免罪符を欲するがために造り上げた言説である。売春はいけないことのように思うが、どうやら売春がいけないのはお金目当てだからではないように思う。(文責:山口)
売春婦には売春婦を止めることができる。(文責:山口)
人は売春婦に生まれない。売春婦になるのだ。(文責:山口@ボーヴォワール風)
売買春とは不自然な行いである。売春婦は買春夫を好きになることはまずないし、買春夫はまず売春婦に惚れたりはしないのだそうである。また売買春に於いて、相手を好きにならないように努力するのがルールなのだという。人が人を好きになるのは善いことである。人が人を好きにならないように努力を払うというのは、自然に反する。愛だの恋だのというのは一旦やめるとしても、わたしが誰かに触れるというとき、わたしはその誰かを少なくとも好いている必要がある。「好き」という感情を媒介にして、性が成立するのが自然だということに異論のある人はいるだろうか。「好き」を媒介にするべきところを「金銭」を媒介にすることによって、人は売買春を卑しきものと呼ぶのでだろう。買春夫が売春婦よりも上等ではないのは言わずもがなのことである。いや、わたしにはむしろ売春婦よりも買春夫の方が下等であると思われる。売春婦がもし売買春により得たお金でパンを買うのであれば、パンを買うというのは尊いことであるとわたしには思われるからである。買春夫はパンを買うお金を与えるのだという自己正当化を図るかもしれないが、パンを買うお金を貧しい人に与えるのに、買春夫の肉体が介在する必要はない。(文責:山口)
- 売買春は男性女性双方に対し、その性における精神と肉体の分離を強要する。従って、売買春はまちがいなくいけないことである。売買春がいけないのは金銭の授受にあるのではない。(文責:山口 99.2.15)
- 付記:おそらくこれが結論と言っていいだろう。ずっと同じことを考えてきた。買春者は何に対して金銭を支払い、売春者は何に対し金銭を受け取っているのか。金銭の授受そのものは、悪いことでもいいことでもなく(金銭の授受そのものがいけないのなら、わたしが会社でお給料を貰うこともいけないはずだ)、また俗に言って女に金がかかるのは、むしろ当たり前なのである。では、なぜ売買春に対し、これほどの嫌悪を感ずるのか。
- 1988.5.12、ゆきこさんがゲストブックに書き込みをした。「オヤジが喜ばせてる」と思っていることに対し、ゆきこさんは憤りを感じていた。わたしはこのゆきこさんの気持ちがなぜだかとてもよくわかった。オヤジがすっかり勘違いをしていることが、何より許せない。ゆきこさんにとって、マグロ状態で寝転がっていることよりも、問題はオヤジの勘違いにあった。そして、それはわたしに理解できる感覚だった。なぜだ。
- 6月、air pocketでの匿名性故のむき出しのエゴに接した。
- 堕胎を前提としたセックス、という言い方をした人がいた。背筋が寒くなった。
- 10月の終わりに、鈴木水南子氏と宮台真司氏のパネルディスカッション。
- SMクラブの女王様だった水南子氏はプレイと現実の見分けのつかない客を「かわいそう」と言った。
- ゆきこさんと水南子さんの感想は180度違ってはいるが、これは同じことを言っている。ようするに男性が勘違いをしているということだ。
- 1999年になった。1月の終わりに藤永さんから丁重なメールを頂いた。藤永さんは自分は身障者であると最初におっしゃった。その上で、ご自分よりも重度の身障者のHPをご紹介下さり、「身障者の性」についてどう思うかと質問された。
- その性が一番困難だと思われる自慰行為が不可能な身障者の方が、ボランティアに自慰の手伝いを頼んだ場合、人はどうするか。
- 自慰行為の不可能な人の自慰を手伝うことは、排尿や排便の困難な人の手伝いをするのと同じと考えれば、これは可能なのではないかという結論を得た。が、その時に、自慰行為を頼んだ人(※頼む前に頼む人とのコミュニケーションの樹立を図っている)の性とは何かという疑問が生まれた。そもそも彼の性を排泄と呼ぶことは、彼に対する侮辱ではないか?
- 以下は、わたしが得ることのできた結論である。
- 女性の性はその肉体と精神がそもそも分離してはいない。これに対して男性の性は、その発生に於いてまず分離している。
- 女性がその肉体と精神を分離させるには、ある種の決心を必要とする。この決心は金銭によって、あるいは、先にも見てきたようにヒューマニズムによっても可能である。
- 男性の性は、個人的にはまず排泄の欲求として現れ、その精神とは分離している。が、男性の性は、まさに性交に於いてその肉体と精神を一致させるのだ。
- 従って、男性は女性にその性を排泄と呼ばれることを嫌う。
- ここに、売買春のみならず、結婚における売買春的性もわたしは同様に批判する。(文責:山口)
展示ケースのガラスを無闇に触らない。わたしはわたしの指紋で汚れたガラスケースを目にすることが不快である。(文責:山口 000416)
子どもに恥をかかせる大人にはなりたくない。子どもの羞恥心は守られなければならない。(文責:山口 010309)
- お礼を言う。二百円かそこらのお金を払っているからと言って、偉そうな顔をする必要はない。無事に目的地に連れてきてくださったこと自体、じゅうぶん感謝に値する。(文責:山口)
- エピソード:過日、奥多摩の方にある祖母の特別養護老人ホームを訪ねたときにバスに乗った。降りる際、わたしのすぐ目の前にいた小学生が運転手さんに向かって「ありがとうございました」と元気よく言っていた。わたし自身は母が必ずそうするという影響もあって、「お世話様でした」と挨拶するのが習慣であるが、この小学生があまりにも爽やかだったのでついメモをとった。都会のあまりにも混雑したバスではちょっと無理があるかもしれないし、また降車口が運転手さんのそばにない場合は言えないが、気持ちはやはり大切にしたい。(文責:山口)
- きょうはヒロシマに原子爆弾が投下された日である。さまざまな武器があって人は新しい武器で攻撃されると自分もその武器を手に入れ、改良し、次は攻撃される前に攻撃しよう、あるいは自分も同じように武器を手にしていることを敵に知らしめようとしてきたのではいだろうか。
- しかし、世界で唯一原爆を投下された日本の人は、なぜか原爆を手にしようとしない。
- それは日本人が世界から見て非常識なのではなく、原爆についてより多くのことを知るからなのだと思う。
- 世界の人たちがより多くを知るために、その人たちの住む国に原爆を落とす必要はない。(文責:山口
- 一枚の写真がある。教科書にも載っていた。わたしが持っているのは[The Family of Man]というタイトルの写真展の図録。写真は小学生になるかならないかぐらいの子供。頭巾をかぶっている。顔に傷がついている。眼はこちらをじっと見つめている。わたしにはこの眼が静かにけれども深く強く怒っているように思える。「大人たちよ、僕は生まれてきただけだ。僕が生まれてきたこの世界をあなたたちはどうしてこんな風にしてしまったのか」
- 無垢なる者の確かな怒りを、今ひとりの大人として、わたしは受けとめなければならない。
- 写真の下にあるキャプションには、[Nagasaki, Japan. Yosuke Yamahata G. T. Sun Co.]とある。(文責:山口 980809)
- この日は不思議な日である。子供のころから戦争が終わった日なのだと聞かされて育った。わたしにとって始まりもしなかったものが終わった日なのである。そして、思うに「日本の美」と皆が皆無邪気に信じていた価値観が、どうやらこの日を境に崩れさり、民主主義という何やら耳障りのいい言葉に基づいて、われわれは教育を受けることになった。自由と放埒の境目が見えず、われわれは「躾」ということが、何か自由に反することのように感じるような感受性を身につけてしまった。この辞典は、1945年のこの日に、その起源を持つように思う。(文責:山口 980815)
車の中に子供を置き去りにしない。また、一緒に連れてきている子供、あるいは家に置いてきている子供の存在を忘れてはならない。わたしには、すべてを忘れてパチンコに熱中する権利はない。(文責:山口 990509)
水を出しっぱなしにしない。歯はきちんと時間を掛けてみがきたいが、水を浪費する必要はない。地球に優しいわたしでありたい。(文責:山口)
セロテープでくるむなどして怪我をしないようにして捨てる。(文責:山口 990724)
犯罪被害者について余計な想像力を働かせないようにしたい。被害者のことを真剣に考えるのであれば、興味本位の関心を抱くことはむしろ不可能である。できるかぎり、その人の立場になって考え、発想するようにしたい。(文責:山口)
反省はどんどんしたい。人間はろくでもないことをいろいろとするが、反省というのは人間のありとあらゆる行いのうちでもっとも美しいもののひとつである。(文責:山口)
ありがとう、お世話様でした等の挨拶をする。できればその国の言葉でサンキュー、メルシー、ダンケ、カムサムミダ、シェイシェイ等と言ってみたい。通じなくてもともと、要は気持ちである。(文責:山口)
展示ケースのガラスを無闇に触らない。わたしはわたしの指紋で汚れたガラスケースを目にすることが不快である。(文責:山口 000416)
体調のいいときにする。いやしくも成人に注意しようというときは、八つ当たりと誤解されないためにも、自分の精神状態のいいときにするようにしたい。もっとも相手が子供の場合は、タイミングをはずしたり、一貫性を欠いたりするとまずいので、この限りではない。(文責:山口)
返事をする。(文責:山口)
- 「人に迷惑をかけなかれば何をしてもいい」というのは、「人に迷惑をかけてはいけない」というしつけ的メッセージを裏返しただけの幼稚な主張である。人は子供を育てるときに、まず勧善懲悪を教えなければならない。少しばかり知恵のついた子供が親に向かって言い返すのだ。「じゃぁ、人に迷惑をかけなければ何をしてもいいんだね?」
- 人は、一対一対応で生きているわけではない。
- ビニールを使えばダイオキシンゴミが発生する。
- そもそも、生きるということは人に迷惑がかかるものであり、迷惑をかけつついかに生きるかと言うことをわたしは考えねばならない。(文責:山口)
- 人の気持ちをわかる人になりたい。ほんのちょっとした気遣いのできる人に。(文責:山口 991013)
- 人の気持ちのわからない人同士で、お互いに同意しあっている人の仲間には入りたくない。特に子供の気持ちを察しようとせずに、「子供は人の気持ちがわかる人間に育つべきである」という意見には組したくない。わたしのふりを見て子供が育ってしまうということに留意したい。子供の気持ちがわからない大人には、とうてい人の気持ちなどわかるはずがないのだ。子供に向かって大人の気持ちをわかって欲しいと主張するのは、茶番である。(文責:山口 000123)
よかろう、ではまず最初に君が殺されてもいいわけだ。(※この場合、当然君は他の人を殺すことはできないが。)(文責:笹心太)
セックスをするときには避妊をする。照れたり恥ずかしがったりしている場合ではない。子どもが欲しい場合は、この限りではない。(文責:山口 000421)
- じぶんより具合の悪そうな人に席を譲る。もっとも自分がとても具合が悪い場合は、その限りではない。(文責:山口 000118)
「太く短く生きるのもいいね」と笑って受け入れよう。ただし、本人が単に無自覚で無謀な振る舞いをしている場合は、この限りではない。ともだちとは気持ちよく、できれば末永くつき合いたい。(文責:手塚 肇 000809)
必要以上に気にかけない。病気とは「気で病む」ものである。また、無理はもちろん禁物だが、病気を理由にできることもしないでいるのは、人生を粗末にすることになる。病気になったら、そのことをきちんと受けとめた上で、前向きに生きて行きたい。(文責:手塚 肇 000809)
- 個々の人間にはそれぞれの能力に差があり、決して同じではない。能力のある人間はその能力に応じた責任を果たさなければならない。人はそれぞれの能力に応じて、それぞれの責任を果たすという意味において平等なのである。優秀な人が、じぶんの能力をじぶんのためにのみ使って(※お金儲けにのみ専念する等)いるとすれば、その人はその優秀である分だけ、他の人間よりも卑劣である。(文責:山口 000120)
- 平等とは常に目指さなければならない目標である。未だかつてただの一度もたされたことはない。(文責:山口 000416)
じぶん一人の場合、貧乏をするのは自由である。何も無理に働く必要はない。じぶん一人の責任に於いて、じぶん一人で貧乏であればよい。しかし、扶養家族がいる場合、好き好んで貧乏をする自由はない。(文責:山口 991204)
とりあえず「大丈夫ですか?」と声をかけてみる。(文責:yKKy 000713)
日本では決して武器の見本市が開かれることはない。このことはわたしがこの国を好きでいる理由のひとつになる。(文責:山口)
- タッチタイピングを参照。
力任せにするとネジ山が崩れてしまう。ドライバーはネジに当てたときにぐらぐらしないものを選び、前に押し付けるようにして左(反時計回り)に回すこと。(文責:山口 001210/従弟の談話より)
フリーセックスは20世紀後半の歴史的言い間違えである。この世に情緒のかけらもない人間がいることを想像しなかったのだ。実際、売買春が流行るとは思っても見なかった。言い直そう。Free love.(文責:山口 990519)
恋することに於いて、不良でありたい。(文責:山口)
ある種のこどもがきちんと成長するためには、大人の不良の後ろ姿が必要である。(文責:山口)
真似をする。わたしも素敵になりたい。(文責:山口)
- 風呂を出る前に壁と床に冷水をかける。(文責:松 000602)
- エピソード:冷水を掛けることにより、付いたばかりの汚れは大抵落ちます。それだけでなく、風呂場内の温度をすぐに下げる事によってカビの繁殖もかなり防げます。これで風呂掃除の労力は減る事間違いありません。積もった汚れやカビを落とす為の労力もさる事ながら、強力な洗剤を使い流す事により出た汚水をきれいにする為の労力も気になります。(文責:松 000602)
家で勉強が手につかないときは、図書館で勉強をする。(文責:山口 001007)
暴力のない家に住みたい。(文責:山口)
近親者の命日、またはお彼岸など、墓参りをした方がいいと思われるときにはめんどうくさがらずに墓参りに行く。たまにメメント・モリ(死を想う)するのはわたしにとって大切なことである。もっとも年がら年中墓参をする必要はないだろう。基本的には生きている近親者を優先したい。(文責:山口)
セロテープで包み怪我をしないようにして捨てる。(文責:山口 990724)
ホテルから外出するときは、室内の電気をきちんと消す。たとえ旅先であってもエネルギー資源を無駄にしない人でありたい。(文責:山口 000806)
わたしがもしボランティアをするとすれば、それは好き好んでするのである。第一、にわかに立派な人になれるはずがない。はずはないが、なるべく立派なふるまいをするように心がけたい。少なくとも恩着せがましそうな態度にならないようにしたい。(文責:山口 000118)
凡庸に対し、人々は寛大である。なぜなら我々は凡庸だから。しかし、凡庸を「無知に起因する無神経さ」ととらえたとき、凡庸であることが犯罪に等しい害悪を振りまくことがある。わたしは自らの凡庸に対し、常に疑いの目を向けるようにしたい。(文責:山口 99.4.13)
明らかに閉めた方がいいと思われる窓(冷房中、暖房中など)が開けっ放しになっているときは、それに気づいたという責任のもとで、わたしが閉める。(文責:山口)
空気が悪い、誰かがタバコを吸っているなど、窓を開けた方がいいと思われるときは回りの人にエクスキューズして窓を開ける。(文責:山口)
- 時間に遅れないようにする。(文責:山口 000930)
- 参考:乗り換え案内:JORUDAN HP
怒って踏み返したり、いちゃもんを付けたりしたらいけない。痛かったら痛いと小声で言おう。心有る人なら素直に謝ってくれるだろう。憎しみは憎しみしか生まないし満員電車での喧嘩はそれだけで罪だ。また、自分が他人に迷惑をかけたなら、すみませんと詫びよう。それは決して卑屈では無いはずだ。
最近、電車の中での喧嘩が多くなっている。世の中不安が多く、ストレスでいらいらしている人がいるからだ。また自分の身分が特定されにくいので、切れるのも早い。自分が正当だと思ってもつまらないことで理性を失うのは結局は損だ。(文責:手塚 肇)
未成年者に対して、無闇に金品の授受を行わない。特にお金に関しては、教育的配慮を欠くことのないようにしたい。わたしは拝金主義の蔓延をくいとめたい。(文責:山口)
それに気づいたという責任のもと蛇口を閉じる。地球資源を大切にしたい。(文責:山口)
家の中でも外出時でも、自分で汚したら自分できれいにしたい。掃除をする人の立場になって考えたい。(文責:松 000602)
水撒きの手を一瞬止めてくださった方に対して会釈をする。(文責:山口 000609)
他の人に水がかからないようにする。(文責:山口 000609)
声をかける。外人さんなら、MAY I HELP YOU? と言ってみる。私は自慢ではありませんが英語は全くできません。だけど3〜4回くらい道に迷っている外人さんに声をかけ、どうにかなってます。伝えたいという意志があればどうにかなるものです。(文責:増野恵)
無償の愛は無料の愛ではない。大切な人のために、必要とあれば身銭を切ることのできる人間でありたい。(※ただし、経済力に応じて)(文責:山口 990704)
- 無神経であること自体に価値はない。自らの無神経に気付いたたときは、きちんと改めたい。気付きながら改めようとしないのは、剛毅ではなく、吝嗇である。(文責:山口 991012)
じぶんが鳴らした目覚ましは、責任を持ってすみやかに留める。でないと近所迷惑になる可能性もある。(文責:山口 001026)
なるべく低く立てる。現実をきちんと見つめたい。(が、しかし志は高く!)(文責:バーシー 000510)
物乞いを頭ごなしに忌み嫌うのはおかしなことである。かわいそうな人をかわいそうだと思うことは悪いことではない。(文責:山口)
できる限り安い値段を付ける。(文責:山口 990914)
返す。(文責:山口 990309)
- ぬるま湯に浸かっているようなある種の許容は、やさしさの紛い物である。真の優しさは強く厳しい。やさしくあろうとするときにこそ、わたしは確信犯であらねばならない。(文責:山口)
- やさしさは高い方から低い方へ流れればいい。せきとめる必要はない。(文責:山口 991231)
八つ当たりはしない。相手が我が子であっても八つ当たりはしないように心がけたい。(文責:山口)
なるべくちゃんと調べる。(文責:山口 000903)
参考:郵次郎
これを踏んではいけない。わたしは本を踏んではいけないとこどもの頃何度も何度も言われて育ったため、ありとあらゆる本は踏み絵のようなもので、踏みそうになると足がすくむ。
このしつけのお蔭で本に対する尊敬の念のようなものが身に付いているように思う。床の上の本をきちんとしまうとなおいいには違いない。(文責:山口)
夢は一生見続ける。(文責:山口 990907)
何かよいことをすると、自分のことが好きになる。よいことができるというのは、実に幸運である。(文責:山口)
自らの容貌と和解したい。もっとも諦める前に少なくとも清潔にしておくことは可能である。清潔でさえあれば、人生はかなり生きやすくなる。(文責:山口 990711)
自分の好みのタイプの異性に、つい優しくしてしまうのは、これは仕方のないことである。が、だからと言って、好みのタイプではない異性に辛く当たる必要は全くない。当たり前の礼儀を守る人間でありたい。(文責:山口 990711)
ラブとセックスは別物である。だからこそ一緒にしておかなければならない。(文責:山口 990519)
ラブ&ピースなんて、何を今さら、と思っていた。が、しかし、今、言わねばならない。戦争をやめよ。売買春をやめよ。Love&peace (文責:山口 990519)
わたしは流行を凌駕したい。従って流行に流されるのは沽券にかかわる。また今現在のありとあらゆる流行はわたしにとって単なる選択肢の一つに過ぎない。取捨選択するだけの眼を持ちたい。また反対に、単純に流行に背を向けて、一人時代錯誤に陥らないようにしたい。(文責:山口)
子供たちに流行に流されるなというのはたやすい。しかし子供に“自分がなりたいと思う大人”と認められるのは至難の技である。(文責:山口)
「ごちそうさま」と言う。(文責:守口守)
「頂きます」と言う。(文責:守口守)
レシピを見ながら料理を作ったときは、最終的に味を調整した調味料、材料の分量を書き加えておく。そうしないと今回の経験が次回に生きない。(文責:山口 010118)
家電製品のプラグをできるだけ抜いてから出かける。エネルギー資源を大切にしたい。(文責:山口 000806)
ルールのないところに自由などない。(文責:山口)
- 「フェロモンたっぷりな人たち」も、セックス・ワーカーも、「レイプされない権利」がある、と私は思う。(文責:あんもないと 991123)
性的な関心を一切消去した上で、きちんと話を聞く。無理に詳細に聞き出す必要は全くない。自分が友に信頼に足る人間であること、あり続けることのみがわたしにとっての最大の関心事である。(文責:山口 990720)
温度設定を上げる、または一旦冷房を止めるなどして温度を調節する。下手に我慢するのは地球資源の無駄である。(文責:山口)
すみやかに注意する。なおこの際あまり過度に注意するとこどもがもっとうるさい状態に突入したりするので、加減が必要である。レストランを退いてこどもが泣きわめいても構わない状況になったときに、「このように騒ぐのであれば二度と食事には連れていかない」などと言って厳重注意するのは不可欠である。こどもには根気よく注意するようにしたい。そうしないとこどものエゴはとめどもなく膨張し犯罪に繋がることも稀ではない。尚、こどもへの注意はできうるかぎり言語を用いたい。わたしのこどもは暴力よりも言語を優先する人間であってもらいたい。(文責:山口)
すみやかに注意する。また容器の中の調味料が他の調味料と混ざってしまったときなどは、レストランの従業員にその旨告げ、お詫びする。保護者が黙っていればどうせわからないという態度をとれば、こどもは間違いなくその真似をするだろう。こどもを注意し、保護者が謝ることによって、ものごとの因果関係が明確になり、わたしのこどもには社会性が身に付くであろう。(文責 山口)
お店の人に「ごちそうさま」と言う。(文責:守口守)
座席にジュースの空き缶等のゴミを置きっぱなしにしない。(文責:山口)
- Rock'n Rollとは純粋な欲望である。(文責:山口 000309)
- 参考:ただ心情のみが純粋なものであり、純粋でありうる。ただ心情だけが純化する。(『ささやかながら、徳について』アンドレ・コント=スポンヴィル著より)(引用:山口 000309)
Rock'n Roll Spiritsとは、すなわち超越倫理である。(文責:山口000309)
- わたしも若くて美しい男性を見ると元気になるので、この点に関して何等文句を言う筋合いにはない。(一年に一人ぐらいは目を見張るような美しい異性に会いたい^^!)もっとも美しい異性を愛するわたしが、その異性に愛されるかどうかは、また別の問題である。いずれにせよ、ものごとをよく考えてから行動したい。(文責:山口)
- 参考:「愛されるものは自分を愛してくれるものの愛に応えることによって神に愛でられる。」(プラトン)(←スケベおやじ?)(文責:山口)
わが子に嫌われる親は、その親が悪い。子供は天然自然に親が好きなものだ。子供が親を嫌いになるには、それなりの訓練を必要とする。子供に嫌われるような訓練を施したのは、親自身である。もし可能なのであれば、ぜひ名誉挽回を図りたい。せめて死ぬ前に子供と和解したい。墓場に入ってから後悔しても遅い。自分の子供に詫びることは不名誉なことではない。(文責:山口991204)
我が子の配偶(予定)者はそもそも自分の配偶者ではない。自分の好みもしくは好ましい条件の問題を我が子に押し付けないようにしたい。我が子の結婚相手が気に入らないと言って我が子を勘当するというような態度はあまりにも愚かしい。(文責:山口)
電車などで、座席に忘れ物をして席を立ってしまう人に気付いたときには、即座に教えて上げる。タイミングを逸すると、後々気になって仕方がない。(文責:山口)
お礼を言う。忘れ物に気付かずにいて、後で気付いたときの面倒を思えば大変ありがたい。(文責:山口)
突然よその神様を信仰する必要はないと思うが、よその神様を尊重する気持ちは少なくとも持っていたい。(文責:山口)
もしわたしが確信犯的援助交際婦であるとしたら、その抑止力(援助交際を止める)として働き得る最大のものは「彼」だろう。「彼」の苦しみ故に、わたしは援助交際を止める決心をすることができる。しかしこの「彼」に裏切られた場合、よりいっそう行動が過激になってしまう可能性は大きい。いや待て、わたしが援助交際婦であって、「じぶんをしつけたい」と思ったのであれば、即刻援助交際は止める。「お金」なんかいらない。(文責:山口)
今後もそうありたい。(文責:山口)
もしわたしに買春経験があるのであれば、わたしには自分の妻や恋人が過去に援助交際をしたことがあると言って非難する資格はそもそもない。またわたしの妻や恋人や娘が売春婦だったとしてもなんら不思議ではないであろう。そもそもわたしが買春夫なのだから。(文責:山口)
今後もそうありたい。(文責:山口)
経済的に全く困って等いない主婦やOLとしての売春を考えるとき、その原因として考えられるのは、夫や恋人やあるいは男性一般に対するリベンジ(=復讐)としての売春なのではないだろうか。できればもういちどじぶんを見つめ直したい。(文責:山口)
今後もそうありたい。(文責:山口)
他の人の信じている神様をないがしろにしない。(文責:山口)
他の人(異性)が面食いだからと言ってわたしが文句を言ったところでどうしようもない。(文責:山口)
他の人(異性)が面食いでもわたしは文句を言わない。第一言えた義理ではない。(文責:山口)
味付けについて下手な口出しはしない。(文責:山口)
文句を言うくらいなら自分で味付けをする。(文責:山口)
- わた埃をティッシュでつまんで見なかったことになどしないようにしたい。すみやかに掃除機を掛ける人になりたい(ものである)。(文責:山口 000602)
笑うのはいいことである。が、嗤うのがいいことかどうか今一度考える必要がある。テレビ画面にあふれる多くの笑いが「嗤い(=嘲笑)」になってはいないだろうか? 真剣に話している人、あるいは怒りを抱いている人に対して、励ますためのユーモアでなく、その人の真剣さ、あるいは正当な怒りに対して嗤いを与えることは卑劣な行いである。この嗤いをもって、何か自分が優位にあるように思い込むことができるのは、端的に言って、頭が弱いからではないだろうか。卑劣な笑い顔を作らない人間になりたい。笑うにふさわしい場面で笑いたい。(文責:山口 991016)
プロのコメディアンが観客から笑いをとることと、人前で他人に笑われることは別のことである。ユーモアのセンスのある人間になりたい。が、何でもいいから他人に笑われたいなどと思うのはあまりに卑屈であり、わたしはこれを拒否する。(文責:山口 991016)
あ〜こ
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