山口あずさ - 98/02/18
昨日の夕刊、朝日新聞の文化と書かれた欄に、作家・村上龍氏が文章を寄せていた。[「少年とナイフ」に思う、他人事の大合唱やめよ]というのがそのタイトル。村上氏曰く「所持品検査の実行は教育の敗北である。わたしたち教師はあなた方生徒を基本的には疑っています、と宣言することだからだ。 それよりは、教師が昏倒スプレーを携帯するとか、単独では校舎を歩かないといった対抗的な自衛措置を講じたほうがいい」。。。13歳少年は、先生を刺した理由を先生が少しもこわがらなかったからだと言っているとか。先生はこわがらなくて正解だし昏倒スプレーも持っていなくて正解だったとわたしは思っている。こどもに対して非暴力不服従なんていうのも変かもしれないが、基本はやはり非暴力なのではないだろうか。殺人事件が起こっているのにこんなことを言うのはわたしが暴力に免疫が皆無だからなのだろうか。しかし護身用具を一旦身につけてしまえば、より強力なものを求めはじめてしまうのではないだろうか。護身用具ぐらい他人に対する不信感を表明するものはないように思う。

やまぐちのともだち - 98/02/19
「じぶんでじぶんをしつける辞典」さっそく拝見しました。 わたしは、不良中学生でした。学校でシンナーを吸ったりしてた。万引きとかね。 自分ひとりで立ち直ったような気がすることがありますが、もちろん錯覚です。

俳句ともだちの天野さん - 98/03/03
バタフライ・ナイフが大騒ぎになって、販売規制がかけられていますが 青少年がナイフを持つ、ということ自体の、どこが問題なのか、私には さっぱり分かりませんね。人と闘いたいとか傷つけたいとか殺したいと か妄想することは、あのくらいの年では性の目覚めみたいなもの、い わば「健康な証拠」です。 私も、18歳のときにジプシーの男達が喧嘩につかっているのにインス パイアされて飛び出し型のナイフ(本物の飛び出しナイフは違法なの で正確にはスライド式ナイフなのですが)を買いました。もちろん、私の 親も私自身も今まで靴は揃えて脱いできたし、本を踏んだりもしないの は言うまでもありません。 さて、人を襲いたいという欲求が青少年にとってごく自然な欲望だとして も、空想することと実際に使うことの間には大きな距離があります。 バタフライナイフの若年購入者が1000人いたとしても、そのうち、実際 に対人で使ってしまうのは一人くらいでしょう。それに実際に使ってしま ったとしても、一度実際に人を傷付けて、相手の体の硬さとか、血のヌル っとした触感や生臭いにおいとかを諸に感じると、200人のうち199人は 大慌して二度はやりたくない、と思うはずです(この計算だと、20万人に 一人は、人を傷付けたり殺したりする常習者となるわけですが、彼らは バタフライナイフがなくても、殺傷リピーターとなりうる、いわば特殊な存 在ですから(最も顕著なのは神戸の中学生のような一種のサイコパス)、 販売規制やら親の躾やらなんぞ意味がありません)。 しかも、199人レベルは、本人もその親も、靴は揃えるし、本も踏まない でしょう。 つまり、青少年にとって人を襲う欲求が自然なことならば、バタフライナイ フの購入を禁じるとか、はたまた、大人の行為を正す、などの方法では、 青少年の狂暴犯罪防止に効果がない、と私は思うのです。 以上、まとまりありませんが、中学生の事件が新しい世相であるかのよ うに驚く昨今の世間の風潮に疑問を感じている、もとノーティー・ガール にして何故か教職免許ももつ、今や土曜の深夜も残業する「社畜」からの コメントでした。

手塚 肇 - 98/03/24
いやあ、おろおろするには参りました。脱帽!