ゆきこさんへ(1998.6.14)

「明日は不正について、またプラトンを引用します。」

と、昨日書いてしまったのでした。

わたしはプラトンの「国家」から、不正について引用しようと計画していたのです。

午前中から岩波文庫の「国家」を繙(ひもと)いて、さてどこをどう引用したものやら、とにらめっこしていたのですが、ちょこちょこっと引用しただけでは、どうしようもない、ということを思い知りました。

「世紀末のランニングパス」という本があって、この中に「国家」に出てくる挿話が簡単に紹介されていますので、こちらをとりあえず引用したいと思います。

−−ギュゲースの指輪という話があります。羊飼いのギュゲースがひょんな偶然から自分の姿が見えなくなる不思議な指輪を手に入れる。指輪をはめて、その玉受けの部分を手前に回すと、彼は透明人間になり、元に戻すと、また現れる。この変幻自在によって、彼は、王の妃と通じ、王を殺し、欲しいもの全てを手に入れる。『国家』では、グラウコンがソクラテスに、このギュゲースの指輪を与えられてなお「不正」を働かない人がいるものでしょうか、という問いをつきつけ、これを受けてソクラテスの「国家論」が展開されている−−「世紀末のランニングパス」(加藤典洋 竹田青嗣著 講談社 \1,900)

透明人間になっても、なお不正を働かない人間はもちろんいます。しかし、透明人間になったら、不正を働く、働きたいと思っている人間は、ソクラテスの忠告から2400年を経て、なお存在しています。

ゆきこさんにもすぐ思い浮かぶ人間がいるでしょ。

そう、オヤジどもです。何をしても「バレなきゃいい」と思っている。

もちろん、「いいとか悪いとか考えません」と宣言しているゆきこさんも、援助交際をするに当たって、透明人間になっています。「バレなきゃいい」と思っているでしょ?

だから、世の中の援助交際をしない大人たちは、ゆきこさんたちのことも、悪し様に言うことになるわけです。で、ゆきこさんたちを悪く言っている方が、火の粉が少なくて済むので、「今時の子供たちは!」と言って怒っているわけです。

ゆきこさんよりも大きな図体をして透明人間になっている奴等を、わたしはより一層、情熱を込めて非難したいと思っています。

小さな透明人間には、こうして一生懸命お話しして、透明人間になって悪いことをするのはいけないことだと根気強く言う。

どうしてかと言うと、小さな透明人間は、きっとわたしの言うことをわかってくれると信じているからです。

ところで、つい先日、わたしはGOOという検索エンジンに、「援助交際」と入れてみました。

このHPのゲストブックのところにも紹介しましたが、「air pcket」というHPがあって、この電子会議室の膨大なログの中に、以下のような発言がありました。

S,NAという人の発言です。

「バカでも、成熟する前の体が、数万でヤれるんだぜ。こんなイイ事、なんでツぶすんだ。それにヤツらは、使い捨てダゼ。毎年、毎年、新しいのが、出てきやがる。それっきりにしとけば、デキても責任とる事ないぜ。リスクを全部、バカに押し付けるのに、数万と引き換えだ。」

ゆきこさんは、この発言、どう思いますか?

匿名で、自由に発言できる会議室ならではの暴言ですが、このS,NAさん、本当にこう思っていると思いますか?

彼(彼女?)の後の展開を追っていくと、この人は本当は援助交際に反対しているのではないかと思えてきます。恐らく反論を引き出すための手法なのだと思う。

世の中、いろいろな人がいて、援助交際は、値段が高いのがいけない、5千円くらいなら援助交際はなくなるのではないかという希望だか意見だかよくわからないような発言もあったりします。

S,NAさんは、このような言説を用いることによって、それほど悪いことをしているつもりのないオヤジをあぶり出そうとしているのではないかと、わたしは思っています。

「いいとか悪いとか考えません」というのは、ソクラテスは認めません。

無知はすなわち悪いことなのです。

明日、もう一通手紙を書きます。

きょうはこれからワールドカップ、日本−アルゼンチン戦を見ようと思います。

ゆきこさんも見るかな?

山口あずさ

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