ゆきこさんへ(1998.6.8)
手紙をUPする時間が遅くなりがちでごめんなさい。
祖母マターで母とああでもない、こうでもないと話し込んでいて、ついでにテレビタックルの離婚特集なるものまで見てしまいました。
無料の女など存在しないと私は昨日書きました。
この辞典に、「結婚相手は三高がいいというとき」という項目を設けているのに気が付いていますか?
夫にするなら三高がいいというのは、じぶんを高く売りたい!と発想しているように私は思えます。また、じぶんは三高だから女は喜んで自分の妻になるだろうと思うのも買春的発想のように思えます。
しかし、結婚に際してお金がないというのは困ったことだというのは常識ですし、実際困る、わけです。
お金=生活費であれば、生活のなりたたない結婚は成立のしようがないということにもなります。
売買春のことを考えるときに、その対立項として結婚を提示することが多いように思いますが、わたしには結婚が売買春の対立項になり得るとは思えません。
また、売買春みたいな結婚をして不幸な暮らしをしている人というのは大勢いるような気もします。
同時に、世の「きちんと」結婚している妻たちが同じ女性として売春行為を差別する時代はすでに終わっているようにも思えます。
売買春の反対項として、結婚を持って来れない現代において、それではなぜ売買春をいけないというのか、特に未成年者に対する援助交際になぜわたしがこれ程までに憤りを覚えるのか、その説明をしてみたいと思います。
わたしはきょうはいつになく、フツーの振る舞いに及び、テレビを見たり、ananを買ったりしました。ananの特集は「'98年版 アンアン読者が選ぶ、好きな男、嫌いな男」というやつです。
一夫多妻制が万が一実現した場合に女性が殺到するであろう男性の特集というわけです。
この中の「好きな大人の男」第1位が北野武さん。
言わずと知れたビート・たけしさんが「こんな男を好きになるから、あなたはいつも泣かされる」というタイトルで意見を述べていらっしゃいました。
たけしさん言うところの「若いねーちゃんが好き」というところにだけ注目したりしないでくださいね。中高生が今が売りどき!と発想するのは大きなまちがいです。その間違いを避けるために、もうひとつ引用します。わたしの蔵書のうちでも最も過激なものからの引用です。
−−あたしは才能のある女が大好きです。容貌の美しさは相手を魅惑するのみですが、才能はこれを不動のものにいたします。−−(『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド 河出文庫)
ところで、わたしが売買春の対立項として成り立つと考えている唯一のものは、「ほんとうの恋」というやつです。
明日以降、下手をすればわたしの馬鹿さ加減を露呈する最も難しいテーマに挑んでみようと思います。
結婚は、パンデーモス・エロース(地上的な愛の女神)が、ほんとうの恋は、ウラニオス・エロース(天上的な愛の女神)が支配します。(『饗宴』プラトン著 新潮文庫より)
ゆきこさん、どうせ人生を生きるならほんとうの恋を手にしたいと思いませんか?
それでは、また明日。
山口あずさ