ゆきこさんへ(1998.6.4)

今日、祖母が入院しました。入院したら、どういうわけか少し元気になったようで、ちょっぴり安心しました。

ところで、今日は悲しみについて、宮沢賢治の詩を引いてみたいと思います。

息もたえだえの妹(とし子)は、何かしてやりたくても何もしてやれなくてもどかしい思いをしている兄(賢治)に、一椀の雪をとってきてくれ、と言います。

妹に頼まれて雪をとりにゆく賢治は、妹が自分のために頼んでくれたのだと思い至ります。

「今度生まれてくるときは、こんなふうに自分のことばかりで苦しまないように生まれてくる」

病重く、苦しい息を吐きながら、今度生まれてきたら自分のことばかりでなく他の人たちのためにこそ苦しみたい。

とし子と賢治は精神的双生児だったのだと言われています。

   永訣の朝

きょうのうちに

とおくへいってしまうわたくしのいもうとよ

みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ

   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)

うすあかくいっそう陰惨(いんさん)な雲から

みぞれはびちょびちょふってくる

   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)

青い蓴菜(じゅんさい)のもようのついた

これらふたつのかけた陶椀(とうわん)に

おまえがたべるあめゆきをとろうとして

わたくしはまがったてっぽうだまのように

このくらいみぞれのなかに飛びだした

  (あめゆじゅとてちてけんじゃ)

蒼鉛(そうえん)いろの暗い雲から

みぞれはびちょびちょ沈んでくる

ああとし子

死ぬといういまごろになって

わたくしをいっしょうあかるくするために

こんなさっぱりした雪のひとわんを

おまえはわたくしにたのんだのだ

ありがとうわたくしのけなげないもうとよ

わたくしもまっすぐにすすんでいくから

  (あめゆじゅとてちてけんじゃ)

はげしいはげしい熱やあえぎのあいだから

おまえはわたくしにたのんだのだ

銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの

そらからおちた雪のさいごのひとわんを……

……ふたきれのみかげせきざいに

みぞれはさびしくたまっている

わたくしはそのうえにあぶなくたち

雪と水とのまっしろな二相系(にそうけい)をたもち

すきとおるつめたい雫(しずく)にみちた

このつややかな松のえだから

わたくしのやさしいいもうとの

さいごのたべものをもらっていこう

わたしたちがいっしょにそだってきたあいだ

みなれたちゃわんのこの藍(あい)のもようにも

もうきょうおまえはわかれてしまう

(Ora Ora de shitori egumo)

ほんとうにきょうおまえはわかれてしまう

あああのとざされた病室の

くらいびょうぶやかやのなかに

やさしくあおじろく燃えている

わたくしのけなげないもうとよ

この雪はどこをえらぼうにも

あんまりどこもまっしろなのだ

あんなおそろしいみだれたそらから

このうつくしい雪がきたのだ

   (うまれでくるたて

    こんどはこたにわりゃのごとばがりで

    くるしまなぁよにうまれでくる)

おまえがたべるこのふたわんのゆきに

わたくしはいまこころからいのる

どうかこれが兜卒(とそつ)の天の食に変って

やがてはおまえとみんなとに

聖(きよ)い資糧をもたらすことを

わたくしのすべてのさいわいをかけてねがう

−−−−−「宮沢賢治詩集」角川文庫より

また、明日お便りします。おやすみなさい。

山口あずさ

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