ゆきこさんへ(1998.5.29)
きょうはお金シリーズ第二段です。
お金と美意識について。
ゆきこさんは、お金にどんなイメージを持っていますか?
わたしは嫌いだけど好きだけとやっぱり嫌い、というかなり複雑な印象を持っていて、もう少し詳しく言うと、遣うのは好きだけど、稼ぐのは正直なところ嫌い、遣うためには稼がなければならないけれど、お金に追いかけられるのはもっと嫌い。従って、今現在のわたしは、あまりストレスのかからない職業に就いて、とりあえず生きて行くのに必要なお金、多少は友だちと一緒に遊べるくらいのお金を作って、残りの時間はこのホームページを作ったり、文章を書いたりして、自分が本当にやりたいことをしています。(お金を稼ぐのと自分のほんとうにやりたいことって、悲しいことになかなか結びつかないのですよ。)
まぁ要するに、わたし自身、折り合いをつけて暮らしているわけです。
この折り合いにはわたし自身の美意識なんていうのも関係していたりします。
たとえば藤山寛美さんが銀座で財布ごとお店の人に渡して好きなだけとってくれ、なんていうのは、お金にまつわる特有の卑しさを嫌ってのことのように思えます。
お店の人は、有名な喜劇役者さんからたくさんお金を巻き上げたいなと思って、寛美さんの前でにこにこぺこぺこしていたかもしれません。
もちろん、わたしはあなたからたくさんお金を巻き上げたい!なんて一言も言いませんが、大半の人間というのは卑しくできているので、寛美さんはお見通しだったのだと思います。
で、そういうのってしらけるんですよね。
これはわたしの勝手な憶測ですが、欲しければ欲しいだけとればいいと思って寛美さんは財布ごと手渡したのではないでしょうか。もちろん剛毅(ごうき)なところを見せたいなんてゆうのもあったでしょう。寛美さん特有の美意識というやつです。が、こんなことをしているととんでもないことになるのも事実です。藤山寛美さんや、勝新太郎さんがなぜかお金に困っていたのも有名な話です。
中村勘九郎さんの本から昨日引用しましたが、この勘九郎さんが、以前テレビのトーク番組で、お祖父さん(六世菊五郎)のお話をしていたことがありました。
六世菊五郎さんは瑪瑙(めのう)をとっても大事にしていて、それを楽屋で一生懸命磨いていたのだそうです。そこへ他の役者さんがやってきて、「お、そりゃあ本物かい?」って聞いたんだそうです。カチンときた六世菊五郎さんは、キセルで瑪瑙をぽんとたたいて割って中を見せたそうです。瑪瑙って、中が渦を巻いていると本物なのだそうです。
プライドの高い歌舞伎役者さんって感じでしょ。
で、その「本物かい?」って聞いた方の役者さんも、悪いこと聞いちゃったなぁと思って、「こないだぁごめんよ」ってな感じで瑪瑙を六世菊五郎さんにプレゼントしたのだそうです。そしたら、またキセルを取り出して、ぽんと叩いて割って、中の渦を確認して、「お、本物だ。ありがとよ」と言ったのだそうです。
ゆきこさん、これ、わかりますか?
わたしはこの話がとても気に入っています。
ものに対する執着を六世菊五郎さんは見事に軽蔑しているのです。
六世菊五郎ともあろうものが、こせこせ瑪瑙なんか磨いていてかっこ悪かったぜ、と思ったかどうかわかりませんが、とにかく、瑪瑙より役者の心意気!というわけです。
ね、これぞダンディの極みでしょ!
物やお金に執着するのって、かっこいいことではありません。
ゆきこさん、金がないのが一大事だなんて、カッコワルイと思いませんか?
ところで、わたしは明日、明後日と奥日光に探鳥会に行きます。
わたしは都会育ちのもやしっ子(小さい頃さんざんそう言われました)なので、初心者向け探鳥会に参加して、いろいろと教わってこようと思います。
ゆきこさんに、なにかいいみやげ話ができるといいなと思っています。
また来週、月曜日にお便りします。
山口あずさ