ゆきこさんへ(1998.5.26)
ゆきこさん、ただいま。きょうはちゃんと会社に行きました。
でも、いま一つ本調子じゃないので、とっとと帰ってきました。
嫉妬シリーズの続きで、きょうは本を引用してみようと思います。
なかにし礼の書いた「兄弟」、話題になったので、ゆきこさんもあるいは知っているかもしれませんね。
冒頭はこんなふうです。
−−兄が死んだ。姉から電話でそのことを知らされた時、私は思わず小さな声で「万歳!」と叫んだ。−−(「兄弟」なかにし礼著 文芸春秋 \1,619 以下同)
ショッキングな書き出しです。もっともわたしが引用したいのは、この兄のことが書かれた部分ではなく、著者の初恋に関する描写です。
−−洋子は、美人とはいえないが瞳に奥深い憂いを秘めた、どちらかというと知的な魅力のある女だった。声にもしっとりした潤いが感じられた。そんな洋子に私は恋心を抱いていたが、彼女は私より六歳年上である。どうも私のことを子供と思っているらしかった。
洋子には悪い噂があった。もとは売春婦だったとか、赤線とか青線とかにいた女だとか、誰言うともなく、そんな噂が立っていた。が、私は全然気にならなかった。それが事実ならそれはそれなりに詩的なことではないか。−−
この洋子さんに著者は詩を捧げて、恋を告白します。後のなかにし礼に詩を捧げられるとは何とも羨ましい話です。が、とにかくいろいろとあって、著者は家出をし、彼女の部屋に転がり込むことになり、彼女にもの凄くお世話になります。そして。。。
−−洋子が娼婦だったという噂が、喉にひっかかる魚の小骨のように私の頭から離れない。確かめもしないで、腹の奥底のどこかに洋子に対するかすかな疑念だけは抱いていた。そしてまた、そういう自分の心の動きを嫌悪してもいた。といって、真相を確かめる勇気などない。−−
−−電車の中で、私はゴッホ展のパンフレットを開き、「ストーブのそばに坐る女」という絵を見ていた。この絵のモデルの女は娼婦だったが、ゴッホはこの女を激しく愛し、ともに暮らした。隣の席でわたしの肩にもたれて眠っている洋子に対して、ゴッホのようになれない自分を私は恥じた。が、同じ心で、普通の男なら誰だって娼婦だった女と結婚することは避けて通るだとうとも思った。むしろ、ゴッホのほうが稀なのだ。私は自分の酷薄さを正当化しようとしたが、胸の中にはすきま風が冷たく吹きすぎるのだった。−−
−−私は、愛というものに自分がもっと盲目になれるものと思っていた。世の中の古くさい価値観などに拘泥せず、ひたすら愛に忠実に突き進むことができるものと思っていた。が実際にその場になってみると、腰抜けもいいところだった。打算的で俗なものの考え方を嫌ってはいるが、気がつけば自分こそがエゴの塊だった。いくら好きでもどうにもならぬものはある、という言い方は卑怯で薄情で軽蔑するものだけれど、それこそが、どうにもならない私の本心だった。−−
なかにし礼、ゆきこさんにはいま一つピンとこないかもしれませんが、小室ファミリーなど足下にも及ばない大作詞家と言っていいと思います。
世の中に流れるヒット曲のほとんどすべてが彼の作詞だったという時代がありました。そしてその頃は、音楽シーンが今ほど細分化されていませんでしたから、老若男女がすべて彼の歌をくちづさんでいたわけです。
ゆきこさんは、わたしが上に引用した文章、どう思いましたか? なかにし礼をひどい男だと言うのは簡単でしょう。しかし世の中にはなんの葛藤もなく、売春婦を自分の妻にするなど考えられないと思う男もいるでしょうし、また逆に僕はいまのゆきこを愛するときちんと言ってくれる男性もあるでしょう。
ゆきこさん、絶望する必要はありませんが、援助交際のリスクがいかなるものか、認識しておく必要はあります。
ちなみに、ゴッホは自分の妻が他の人に批判されたときに、
「いい目に会ったことのない女が、いい女になれるわけはない」
と言ってかばいました。
ゴッホの妻はいい女なんかじゃなかったというわけですが、また反対にいい女になるためには、いい目に会わなければいけないということでもあります。
ゆきこさん、夜一人で泣いていてはいけません。
夜一人で泣きたくなるようなこともしてはいけません。
ちゃんと恋をして、いい女にならないと、人生そのものがつまらなくなってしまいます。
それでは、また明日。
山口あずさ