ゆきこさんへ(1998.5.19)

ゆきこさん、ただいま。

今日も残業でした。

明日、明後日とつづけて出掛けて残業ができないので、余分に仕事をしてきたのです。

(大人もけっこうたいへんなんですよ!)

きのうわたしはタナトス(死への愛)のことを書きました。

「金がないと生きてるのがイヤになるんです。」

これはゆきこさんがゲストブックに書いた言葉です。これ、タナトスだと思いますか?

わたしにはそうは思えません。

でもわたしがゆきこさんのコメントからタナトスを感じなかったというとそんなことはありません。わたしはものすごく深刻なタナトスを感じたのです。

「たまに夜勝手に涙が出る時もあります。 」

の部分です。

ゆきこさんは、この勝手に出る涙の理由がわかりますか?

わからないから勝手に出ると言っているのではないですか?

援助交際してるから出る涙だということは、もちろんわかっているのでしょうけれど、では援助交際をするとなぜ涙が出るのでしょう? 中には涙なんか出ない子もいるかもしれませんが、ここではゆきこさん、あなたの話です。

わたしは昨日も書いたように、死と戯れる少女でした。ゆきこさんが援助交際をしているというのと、手首に剃刀あてて遊んでいるのと、どちらがましかと思うくらいのとんでもない少女だったということです。

わたしがゆきこさんのタナトスをどのように感じたかを今日は書きます。わけのわからない涙についてです。

わたしもわけのわからない涙を流したことがあります。20代の半ば頃。地下鉄に乗っていたらとつぜん涙が出てきて、あれ、わたしはなんで泣いているんだろう? と思いました。

この涙は自分の死を想像して、悲劇のヒロインになって泣く涙とはぜんぜん違っていました。

自分の恋愛が思うようにいかなかったり、その他さまざまな理由でわたしは涙を流しましたが、どうして泣いているのかは、自分でわかっていました。地下鉄の中で涙がそれこそ勝手に出てきてしまって、わたしは自分の中にある狂気を感じました。

これは、まずい、と思いました。他の誰も、親も友達もわたしのことがわからなかったとしても、自分で自分がわからないというのは困ったことです。同時に、自分で自分がわからなくなったら、他人はわたしのことをわかりようがないだろうとも思いました。

環境を変えなければならないと思って、その日はそのまま家に帰り、翌日会社に辞表をだしました。気が狂うよりましだと思ったからです。

ものすごく、感覚的な話なので、そのときどんな仕事をしていて云々などということは説明してもきりがないでしょう。

ちょっと抽象的すぎて、よくわからないかもしれませんね。けれど、このわたしの流した涙は、今ちょうどあなたが流している涙にものすごくよく似ています。

ゆきこさん、環境を変えないとあなたは壊れてしまいます。脅かしているのではありません。あなたの感受性は援助交際に耐えられないと思います。いくらあなたがしたたかに振る舞っていても、あなたは援助交際を続けることによって、着実に死に向かっています。

あなたは援助交際を止めても死ぬことはないでしょう。金なんかなくたって、生きていけるでしょう。けれど援助交際を続けることによって、あなたは狂気に近づいてゆきます。これはすなわち死。死に向かう愛をタナトスと呼ぶのです。

そして思春期というのは、初めて自らの死と向かい合う時期なのではないでしょうか。

今こう書いてきて、援助交際というのは、思春期特有の激情のひとつの現れなのだと、思わずにはいられません。そこにつけ込んで、いい気になっているオヤジどもを心底憎みます。

ゆきこさん、オヤジはあなたを「喜ばす」ことなんか、逆立ちしてもできないでしょうし、あなたの心を「買う」ことなんて、死んでもできないでしょう。しかしオヤジにできることがひとつあります。それはあなたを蝕(むしば)むことです。

ゆきこさん、わたしも手首に剃刀をあてるのを止めました。

あなたも、援助交際をどうかやめてください。

きのうも書いたようにジオシティーが20日はお休みです。

またお便りしますね。

山口あずさ

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