ことば 1 nolphin 4/14-12:57
モーリス・ブランショのこの一節から始める。
正確に言えばアウシュビッツの世界とは、それがまさしくそういうものであったために、潜在的な−−つまり実現していない−−人間の野獣性の圏域、あるいは人間の廃絶と野獣性への退行の指標である。それは動物においてそうであるように言語に先んじており、また、死においてそうであるように言語の後に続くものである。アウシュビッツとは、集合的歴史的な尺度では、合理的で《未来を夢みる》言葉を話す有機体としての人間が死ぬことを意味する。この汚染された自殺的な惑星のうえでわれわれがいま話している言語は『ポスト−人間的なもの』である。(『災厄のエクリチュール』)
ブランショはたしかに哲学者というよりは、文学者に近い。では「言語に先んじ」「言語の後に続く」「それ」という表現は、ホロコーストという「悲劇的な事件」をあらわすための、レトリックに過ぎないのだろうか? この表現は「論理的」検討に値しない表現だろうか?
ホロコーストの研究において常に問題となる大きな二つの論点は以下の二点である。1)修正主義者の言説(ホロコーストは存在しなかった、あるいは、ホロコーストは歴史的にみても他の虐殺とそれほど特異な点はない、など)に対する科学的反証。2)ホロコーストをどのように表象するか。どのような物語(narrative)が可能であるのか。そもそもホロコーストを表象することは可能であるのか。
よく知られているのは、1)に関する研究だと思う。ホロコーストは「明確な意図を持って、ひとつの民族を対象として、徹底的で、産業化された虐殺」という点でまったく他の虐殺とはその性質を異にする。しかし、2)に関する研究はまだ余り知られていない。
ことば 2 nolphin 4/14-12:59
へウムノの絶滅収容所ではおよそ三十数万の人々が殺された。およそ30万人のユダヤ人と数万人のジプシー、ソ連兵、フランス・レジスタンス、精神障害者、孤児、老人が殺害された。生き残ったのは、たった二人のユダヤ人だった。
現代の修正主義者の言い分はこうだ。「へウムノでは二人のユダヤ人しか生き残らなかったとされている。そのたった二人のユダヤ人の言葉が果たして科学的検討の対象たりうるのだろうか?」
へウムノでは何が行われていたのか?三十数万人の人が殺されたのだ。これはさまざまな物証によって裏付けられる。収容所跡地、発掘された遺骨、ナチの公文書、人々を運んだ列車の運行表、トラックを修理したエンジニアの証言(へウムノではガス・トラックによる殺害が行われた)など。修正主義者への反論はこうしてなされる。
しかし、「へウムノ絶滅収容所ではおよそ三十数万人の人が殺された」という言説が、はたしてここで行われた出来事を正確に表象しているのだろうか?そうではない。ここからは何かが決定的に欠落している。死者の顔だ。
ことば 3 nolphin 4/14-16:05
ヒムラーが1943年にポズナンで親衛隊を前に行った有名な演説はこのようなものだった。
ユダヤ人は絶滅されねばならない」と全党の同志が言う。「明らかに、われわれの党綱領は、ユダヤ人の排除、絶滅をふくんでおり、われわれはそれを実行しよう」と、そうすると、八千万の正直なドイツ人たちがやってきて、その誰もが一人の上品なユダヤ人を知っている。明らかにほかのユダヤ人はみんなブタだ。だがこの人だけは一流だ、とこいつは言う。こんなことを言う連中のだれ一人として、見過ごしたり我慢したりはできない。それにたいして、諸君の大多数は、百人の屍がそこにまとめて横たわっていたら、それが何を意味するか、五百人、千人だったらどうか、をよく知っている。人間の弱さのわずかな例外は別として、「こいつ」を我慢し、上品なままにさせておいたら、それがわれわれを困難に追いこむ。これはかつていちども書かれたことがなかったし、今後も二度と書かれることはないわれわれの歴史の栄光のページなのだ。
ヒムラーが言う「上品さ」という概念に絶句する。この途方もない悪意。
この言説には、さまざまなヒントが含まれている。しかし、その科学的な分析(この演説を可能にした諸々の社会的背景)について語ることはしない。ぼくがこの演説に感じる「他者性」の徹底的な忘却、あるいはその認識の放棄について考えたい。
ことば 4 nolphin 4/14-16:06
ここに、「五百人、千人」、「屍」、「ブタ」ということばがある。このことばはたしかに悪意に充ちている。その悪意をわれわれは驚き、不快に思い、その起源を問う。でもぼくは、起源そのものよりも、ユダヤ人を「ブタ」と言いきるそのとき、ことばがどのような暴力を振るっているのかを考える。
ユダヤ人はにんげんであるにも関わらず、「ブタ」と呼ばれることによって他者性を喪失していく。「ブタ」とユダヤ人が呼ばれるとき、ユダヤ人はぼくらの世界の地平から放擲される。ぼくらは卓上の「食物」に対してふつう他者性を感じない。その「食物」がどこで生きていたのか、どのようなものを見て、どのように生きていたのかなんて考えない。なぜなら、それは世界の外部にあるからだ。
失われるのは、人間性ではない。他者性だと思う。
だが、注意しなくてはならないのは、ホロコーストを研究し告発するその場ですら、ことばは殺されていった人々から他者性をはぎ取っていくことだ。へウムノに話を戻す。
「へウムノ絶滅収容所では、三十数万人の人々が殺された」。この言説は真実であるにも関わらず、殺された人々の他者性を限りなくゼロにしていく。「三十数万人」。このことばで一括されねばならない人々が存在することにぼくは恐怖する。この言説の中に、殺された人々の恐怖、苦痛、悲しみ、怒り、絶望、そのようなものがこのことばにどれほど表象されているというのか。しかし、科学的論理的言語とはこのように他者性をむしり取ってはじめて普遍性を確立する。それは、ごく当然のことだ。そしてこれはヒムラーが使ったことばと本質的に同一のものである。ホロコーストを論じようとするとき、2)の問題が立ちはだかる。
ことば 5 nolphin 4/14-18:13
修正主義者は「へウムノの二人の生き残りの証言がどれほどの真理性を持ちうるのか?」と問うことで、科学的論理的言語と、物語(ナラティヴ)を混同させ、ナラティヴを科学的論理的言語(普遍言語)と置き換えようとしている。犠牲者(正確に言うなら生き残り)のナラティヴを普遍言語的ではないから「意味がない」というわけだ。修正主義者の民族主義的、排他的、自己保身的側面より、ぼくはよほどこちらを糾弾すべきだと思う。それは、他者性の否定なのだ。
論理的でないものを、「コミュニケーションの不能性」ゆえに意味がない、対話することができない、したがってそこに「進歩」もないと切り捨てることによって科学は科学たりうる。それでは「叫び」はどうか。それは決して普遍言語ではあり得ない。科学はそこに叫びがあることは認めるが、その内部にある絶望と混乱は科学の対象ではないのだ。だが、ナラティヴは「叫び」でしかあり得ない。
ことば 6 nolphin 4/14-18:14
クロード・ラングマンの監督した「ショアー」は9時間半ものながさのドキュメンタリー・フィルムだ。そのなかに、へウムノの生き残りが証言者として登場する。彼はイスラエルで理髪店を経営している。彼は、他人よりも体が頑強であったため助かることができた。最初彼は、何も話せない、と証言を拒否する。長い説得。そのあいだもフィルムは回り続ける。そして、彼は泣きながら、絞り出すように語り始める。
それに対して元ナチ将校の証言は対照的である。彼はラングマンに隠し撮りされていることを知らないでしゃべり続ける。饒舌に。どのように殺害していったか。「効率」をあげるためにどうしたか。死体はどのような状態になっていったか。科学的に、論理的に、じつに饒舌に。
そしてもうひとり、ホロコースト研究者が語る。どのようにしてこの大量殺戮が可能であったか、どのように産業化されて、その責任が誰にあったのかを、怒りをこめて告発する。科学的に。彼の怒りは尊いが、彼のものでしかない。死体の山のまわりで遠巻きになりながら、語る。
叫ぶものに、それは論理的ではない、論理的なことばを話しなさい、と強制する。たえず、強制される。叫びは還元され、剥ぎ尽くされて、空虚な数字や名詞に変換される。
わたしのことばを語れ。わたしが理解できるように語れ。こう強制することは、マインド・レイプではないか。誤解とはあなたの誤解だ。わたしの欲望を他者に要求してはならない。そこから、他者性の剥奪が始まる。
ことば 7 nolphin 4/15-17:32
ホロコーストは徹底的な殺戮であると同時に、徹底的な他者性の収奪と否定だった。収容所の中では殺された人々は番号で呼ばれていた。殺戮の産業化は彼らから他者性の最小の指標である固有名をも奪った。産業化(論理化)は他者性の収奪を意味する。
レイプもまた、他者性の収奪である。被害者はことばを奪われる。最悪の場合、被害者はレイピストのことばを語り出す。「わたしがうかつだった。」「わたしが誘ってしまった。」そうでは断じてない。それは、レイピストの欲望の反映である。
ことばを失ったものは、叫ぶしかない。叫びはそのままでは論理的な検討を拒絶する。論理的にそれを解しようとする人間は、叫びを記号化し、消去する。論理的思考というものは叫びを、それそのものを否定する。ホロコーストやレイプは常に二重のものとして存在する。
叫びは世界を切り裂くものとしてある。その彼方を見据えなくてはならない。それを表象することは不可能だが、しかし、ぼくらは彼方を見ることから始めなくてはならない。矛盾や誤謬を怖れてはならない。破綻から世界が拓かれる。いや、亀裂からのみ世界は拓かれる。
ことば 8 nolphin 4/15-17:34
論理的な帰結として、テオドール・アドルノは1950年代の容赦ない芸術批判の中でこう書いている。
アウシュビッツ後に詩を書くことはもはや野蛮だ。そして今日詩を書くことがなぜ不可能になったかを語る認識を、詩は蝕むのだ。(「文化批判と社会」1951年)
誰かが言いそうな台詞だ。それは語りうるものではない。語られるのと同時に、それはそれではなくなる。そもそも、語ることができるということは、それを表象していないことになる。少なくとも、そのことばが表象しようとあなたがしているものと、一対一対応しているかどうか判らないではないか。問おう。あなたはなにを語っているのだ? あなたがそれを語ったところで、「それがどうだというのか?(So What?)」
だから、語るべきではないのだ。あなたのことばは偽物なのだ。あなたの叫びはワイドショーのリポーターの語りとどこがどう違うのだ? なかなか論理的で、すてきだね。
アドルノの命題は彼の意に反して、論理的表象しかホロコーストを語れない、と受け取られていく。恐るべきことに修正主義者が一種のスローガンにすらしたのだ。論理的言語を用いることが、ホロコーストという表象し得ないものを表象する(もちろん良心的な修正主義者はこう付け加えるのだ。「できうる限り」と。)唯一の方法である。(そもそも、戦略的にアドルノは失敗してしまった。アドルノはそれが表象することができないことを宣言したかったのだ。)
ドイツの詩人、ハンス=マグヌス・エンツェンスベルガーは「細目」(1962年)にこう書いている。
哲学者テオドール・アドルノは現代に下されるもっとも厳しい判定のひとつである命題を述べた。アウシュビッツ後に詩を書くことはもはや不可能だというのである。われわれはさらに生きようとするなら、この命題は否定されなければならない。
一体どのように?
ことば 9 nolphin 4/15-17:58
「かれらの中には土があった」
かれらの中には土があった、そしてかれらは掘った。
かれらは掘ったそして掘った、こうしてかれらの昼はすぎていった、かれらの夜は。そしてかれらは神を讃えなかった。神はこうしたすべてを知っていた、とかれらは聞いていた。
かれらは掘ったそしてもはや何も聞かなかった、かれらは賢くならなかった、歌ひとつつくらなかった、言葉を考え出すことがなかった。かれらは掘った。
静けさが来た、嵐も来た、すべての海がやって来た。わたしは掘る、きみは掘る、そして虫も掘る、すると向こうで歌うものが言う、かれらは掘っている、と。
おおだれか、おお、だれひとりでも、おおだれでもないもの、おおきみよ−−どこへも行かなかったのに、どこへ行ってたのか。おおきみは掘るそしてわたしも掘る、そしてわたしはきみに向かって掘る、するとわたしたちの指に指輪が目をさます。
(パウル・ツェラン『誰でもない者の薔薇』)
ツェランについて語ろう。
ことば 10 nolphin 4/16-16:25
ことばとはなんだろう?ことばはぼくらを拘束する。大切なものを手の届かないものに変えてしまう。そのくせ、コミュニケーションの手段として手放すことはできない。科学技術は将来、眼で聴き、耳で見ることを可能にするかもしれない。では、ことばは?
他者を知ることはできない。それは、わたしが映す影のようなものでしかない。そこにはたどりつくことができない。そうだろう。おそらくは。ぼくには、ぼくの悲しみしか知ることができない。痛みとは、あくまでぼくの痛みであり、苦しみとは、ぼくの苦しみでしかない。だからぼくの語ることばはなにものも代弁することはできない。ゆえに意味がない。
それを知ること。それを越えてなお語ろうとすること。たとえば、ワイドショーのレポーターに間違えられても、まったくのバカでも、それが不完全であっても、間抜けでも、かっこわるくても、それが整合性に欠けようとも、ただただ真摯に語ること。語ろうとすること。叫ぶこと。そして、語ると同時にそれを否定すること。不断に否定を続けること。(「越境」とはそういうことだよ。)
パウル、ツェランは、第二次大戦時にその出自(ユダヤ系)ゆえに、家族をすべて殺された。たまたま、彼は家族が連行されるその場にいなかったため、家族とおなじ運命になることを避けられた。しかし、自身も家族とは別の収容所で過ごした。
(山口さん。エマニュエル・レヴィナスもユダヤ系で収容所に入れられていたんです。だからかれは、著作のなかのどこかに、「わたしの思想は徹底的な剥奪から始まる。」と書いている。そして、ぼくが好きなデスノスも、夫人へのあの美しい詩を書いて、収容所で死んだ。ナチの絶滅政策は、ことばや論理への信仰を打ち砕いたかわりに、強靱な「生きのびの思想」を胚胎したんだよ。)
ツェランは晩年、ことばを切り刻み、鋭利なクリスタルのように磨きあげ、世界を切断するような、そんな詩を書いた。朗読会でかれは、聴衆に激しい拒絶反応を受け、その後セーヌ川に身を投げて死んだ。
ことば 11 nolphin 4/16-16:27記事番号498へのコメント彼の詩論は少ない。ほとんどが講演というかたちで発表されたもので、分量的にも少ない。しかし、1960年のゲオルグ・ビューヒナー賞受賞講演「子午線」がもっとも有名で、その内容も重要なものだ。そのなかで、彼はこう述べている。
詩は他者へと向かおうとします。詩はこの他者を必要とします。詩は対話者を必要とします。詩はそれを捜し出し、己をそれに語りかけます。いかなる事物、いかなる人間も、他者を目指す詩にとってはこの他者の姿です。
彼は自身の詩を「絶対詩」たらんとした。ここでいう「絶対詩」というのは決してイデア論的な意味ではない。「他者を目指す詩」のことだ。しかし、ことばはなにも表象し得ないではないか、という絶望をツェランは共有している。彼が収容所で体験したことは、決してことばにならないものなのだ。ではなぜ語るのか。なにを、語るのか。彼はこう述べる。
詩は−−なんという条件のもとでしょう−−いまだなお知覚する者の、見えてくるものに向き合う者の、この見えてくるものに問いかけ語りかける者の詩となります。詩は対話となります。それはしばしば絶望的な対話です。この対話の空間のなかではじめて語りかけられるものが成立し、語りかけ、名づける私のまわりに集まります。しかし語りかけられたもの、名づけによっていわばおまえとなったものはこの現前のなかに己の他者としてのあり方をも持ちこみます。詩の「ここ」と「いま」においてなお−−詩そのものは常にこの一度限りの、その時その時の現前しかもちません−−このような直接性と近さにおいてなお詩は他者に最も固有なるものをともに語らせます、つまりはその時間を。こうして事物とともに語るとき、私たちは常にそれが何処から来て何処へ行くかも問うているのです。それは「未解決にとどまる」、「果てしない」問い、開けと無と自由の世界を指し示す問いです。−−私たちははるか遠くの外に出てしまいました。詩はこうした場所をも求めているのだと思います。
ことば 12 nolphin 4/16-16:28
しかし詩は語ります。詩は自分の日付を忘れません。しかし−−詩は語ります。たしかに詩は常に自分の固有な、最も切実なことのみのために語ります。しかし思うに−−それにこの考えは皆様をいまではほとんど驚かすことはありませんが−−思うにまさにこのように「無関係」な−−いや、この言葉を私はもはや使うことはできません−−まさにこのように「他者のために」語ることは昔から詩の希望のためには欠かすことのできないものとなっています−−もしかして「全き他者」のために、なのかもしれませんが、それは誰にもわかりません。私がいま口にしたこの「誰にもわかりません」は私が今日ここで私の側から、昔からの詩の希望に付け加えることのできる唯一のものです。もしかして、こう私はいま自分に言わざるをえませんが−−もしかしてこの「全き他者(das ganz Andere)と−−わたしはここでなじみの付加語を使っています−−それほど遠くにはいないどころか、むしろごく近くにいる「他者」(das andere)との符合すらも考えうるのではないでしょうか。−−何度でもくりかえし考えうるのではないでしょうか。
ことば 13 nolphin 4/16-16:29
彼にとって「対話」とは他者を理解するための何かではない。ましてや、己の言葉を語らせることでもない。ツェランはこういうのだ。他者は「対話」することによってしか成立し得ない。「対話の空間のなかではじめてかたりかけられるものは成立」する。そして「語りかけられかけられたもの、名づけによっていわばおまえとなったものはこの現前のなかに己の他者としてのあり方をも持ちこ」む。誰でもなかった他者は「おまえ」になる! その「おまえ」はまた、誰でもないおまえなのだという認識を可能にする。
ツェランは何も語らない。彼の発することばは、他者を世界に存在させるために、他者の存在を指し示すためにある。それ以上でもそれ以下でもなく、ただ、ある。「対話」とは他者を世界に巻き込むためにあるのではない。それを浮き上がらせるために、ある。動物はレイプをしない、と誰かが言った。そうではない。動物界にはレイプは存在しないのだ。動物はことばを知らないだけだ。そして、他者も知らない。
「あなたは論理的ではない」ということばと、「おまえのせいだ」ということば。その発話の背後にあるものは、はかぎりなく近い。
ことば 14 nolphin 4/17-18:17
tragedyの語源はギリシア語のtragoidia(「羊の鳴き声」の意)である。叫ばざるを得ないこのにんげんという生物。
もう少しツェランを引用する。
つまりひとは、詩について思うとき、詩と連れだって、このような道を行くものなのでしょうか? この道は単なる回り道、「君」から「君」への回り道にすぎないのでしょうか? しかもあまたにあるこれらの道のなかにも、言葉が有声のものとなる道もあるのです。出会いの行われる道が、一人の感じとっている「君」へ通じる一つの声の道が、みじめな生き物の道が。それはおそらくは存在の投企、自分自身を先立てて自分自身のもとへおもむくこと、自分自身を求めること・・・一種の帰郷です。
詩は己自身の縁において自己を主張します。それは存在し続けるために絶えず己を「もはやない」から「いまもなお」のなかに呼び戻し、取り戻すのです。この「いまもなお」はしかしたった一つの言葉であるかもしれません。つまり単なる言葉だけというのではなく、いわんやおそらく言葉による「言葉あわせ」ですらありません。そうではなく実現した言葉であり、ラディカルではあっても言葉によって投げられた限界、と同時に言葉によって開かれた可能性を記憶しつづける個のしるしのもので解放された言葉なのです。詩の「いまもなお」は、自己が己の生存の傾斜角のものと、己の被造物性の傾斜角のもとで語っていることを忘れない者の詩のなかでしか見出すことができないのかもしれません。
ことば 15 nolphin 4/17-18:18
なぜ、ぼくは語るのか。なぜ、あなたは語るのか。何を求めているのか。何のために語るのか。
世界を味わい尽くすことと、己の欲望を味わい尽くすこととは違うことだ。そもそも世界を味わい尽くすことなんてできない。「無意識の意識化」もできない。そんなことできるわけがない。(フロイトが「もの」と言い、カントが「物自体」と言った「それ」をどのように語ろうというのか。)できるのはその影を知ることぐらいだ。起源を問うこともできない。現前にあるものを、こんなにも好きでたまらないそのひとのことを、ぼくは知ることすらできないのかもしれない。この暗闇のなかでできることは、泣き、笑い、叫び、吐息を漏らし、喘ぎ、息をすることだけではないかと思う。そこにあるのは、論理ではなく、コミュニケーションの手段としての言葉でもない。ただ何もあらわさない表現。なにものにも奉仕しないことば。
たしかに、「なぜ人は道徳的に行為すべきなのか」という問いは、「なぜ人は文法的に語るべきか」という問いとは異なる。たてられて当然な問いではある。しかし、規範の起源を論理的に突き詰めて考えれば、所属する共同体の利益の代弁でしかなくなるではないか。そんなことは、はじめっからわかりきっていることだ。その起源において規範は、いわゆる「普遍性」と論理性が決定的に乖離する。それを人は隠蔽している。そうするよりほかないからだ。
倫理や道徳のような規範は、貨幣とおなじだ。貨幣は法制化されて貨幣になるわけではない。ハイパー・インフレーションのもとでは貨幣は法制化されてても機能しない。デフレしたときその新貨幣が機能するかどうかは、法制化の如何ではない。論理ではない、何かによって貨幣は貨幣たりうる。
ウィトゲンシュタインの著作から引用しよう。
しかし、終極点は根拠なき前提ではなく、根拠なき行動様式なのである。(「確実性の問題」断章101)
ことば 16 nolphin 4/17-18:19
ぼくだって論理的な思考ができないわけではない。論理的思考はコミュニケーションの手段として有効だし、唯一の物かもしれない。しかし伝達されることばは事物のぬけがらでしかない。ぼくは「ぬけがら」がこの世界にとってかわるのが我慢ならない。まるでことばがすなわち世界であるかのようなこの生の様式が。
規範はおのおのが発見すべきものだ。そのとおり。世界は永久になめらかなものにはならないかもしれない。生き難いものでありつづけるかもしれない。しかし、ざらざらした世界で生きるために、他者とともに生きるためには、ある一つの諦念を身につけなくてはならない。それは生きるための作法(A Way Of Life)のようなものだ。そのうえで、論理や倫理を語るべきだ。そうしなければ、あなたのことばは他者を殺す。
ぼくはこのように、ことばを発したい。ぼくは彼女をこのように。
手さぐりで捜しながら、そしていつも耳を澄ましながら、指先で触れながら、そしてしばしば迷いながら、
何世紀も古くからあった本道から分かれた小径たちと擦れ合いながら。
(ジョナス・メカス「森のなかで」)
K先生、どうもありがとう。山口さんにも。
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