98/06/16
さて、ご要望にお答えして、われながら無謀な試みにチャレンジしてみます。
まず、わたしは、「売買春」「結婚」「ほんとうの恋」の3つを提出します。
公娼制度のあった時代において、「売買春」の反対項として「結婚」というのが誇り高く存在していました。
俺だけの女=妻、と、それ以外=売春婦(みんなの女?)、を何の疑問もなく分けて考えることができたのです。
さて、現代に目を向けると、公娼制度はありません。
従って、売春婦は存在しない。
とはならず、単純売買春というのが現実に存在していて、これは認めてやってもいいのではないか(=勝手にしさらせ!)と、人々は思いはじめている。実際わたしもそう思っている。(注意:未成年相手の援助交際はまた別問題!)
このような背景を持つ現代において、結婚とは売買春の反対項として何らかの説得力を持つことができるかというと、かなり疑問が生じてくる。
「三高」とか先日発表された厚生省白書では「3C」とかが結婚の条件として脚光を浴びたりしていますが、これは、その発想そのものが実に売買春的であると言わざるを得ません。
「三高の男と結婚したい」という女性は、自分を高く売りたいと思っている。
「俺は三高だから女は喜んで俺の妻になる」と思っている男性は、いい女が買えるぜ、と思っているのと大差ない、とわたしは考えるわけです。
「ほんとうの恋」の例示は、ナボコフ「ロリータ」、あるいは藤村操の恋文(山口あずさのホームページに短い文章がありますので、よかったらご参照ください。)、またわたしが1カ月にわたって書き続けた「ゆきこさんへ」の手紙の中にもごちゃごちゃと書いてあります。自己宣伝めいて申し訳ないのですが、関心のある方はご覧下さい。
実際、文学に頼らずにほんとうの恋など語れるか、と啖呵を切りたいのを抑えて、「ほんとうの恋モデル」を以下に展開してみます。
まず一人の買春夫がいます。
彼は買春行為を悪いとも何とも考えることのない実に平和な買春夫で、人並みに恋をしたこともあれば結婚もしている。妻は彼の買春行為にうすうす感ずいているが、浮気じゃなければいい(どうせ買ってんでしょっ!)、というように考えていて、まあとりあえず三高である夫を人並みに「冷たく」あしらっているとします。
買春夫はいつものように買春行為をしに出かけて行きます。
すると、なんと美しい少女が売春をしているではないですか。
彼は有頂天になり、彼女の性を購入します。
彼女は彼が小学生の頃にほのかな恋心を抱いた美少女にそっくりで、話をすると実に聡明。善良なる買春夫は、ああ、こんな人が自分の妻だったらどんなにいいかと思ったりします。
家に帰っても、この輝かしい買春体験が彼は忘れられません。
早く彼女にもう一度会いたい!
彼女をこの両腕に抱きしめたい!
善良なる買春夫は自分の懐具合を省みることなく、彼女の元に日参します。
なんで、彼女がこんなことをしてるのかもとても気になります。
よくよく話を聞いてみると、「お金がないの」と彼女が告白します。
欲しいものがいっぱいあって、だから仕方なくこんなことしてるの。
あなたみたいなお客ばかりだったらいいんだけど、なんてことも言います。
善良なる買春夫は「きみはこんなことを続けていてはいけない」と言います。
また、家に帰ってからも、彼女の売春行為をどうしたらやめさせられるか、夜も眠れないほど気になる。
さて、みなさんに質問です。彼は買春夫ですか?それとも恋する一人の男性ですか?
彼はこの後、彼にとって特別な彼女が現れてしまう以前のような「買春夫」としてのふるまいを
今後も続けられるのでしょうか?
98/06/17
みなさん、リアクションありがとうございます。
ところで、みなさんのお話を聞いていると買春には買春のルールがあるようですね。
「客は遊女が好き。遊女は客が好き」というのは、あまりないことのようです。
が、あまりないかもしれないこと、イコール全くない、ではない、と認めていただきたいと思います。
100万人か、1000万人に一人かもしれませんが、ソープ嬢に惚れる奴はいるでしょうし、
このモデルにおいては、是非ともこの善良なる買春夫、今や買春夫としては失格であると非難を浴びる「恋する買春夫」に徹底的に恋をしてもらいたいと思います。
恋の感情はみなさんそれぞれ思い当たる節があると思いますが、その程度に差はあると言っても、リクツでは割り切れない、実に我ながらばかな行いに及びがちである、ということも認めていただきたいと思います。
理性ではなんともならないということです。
従って、じぶんでそもそも買っておきながら、「君はこんなことを続けてはいけない」などという感情も、決して沸いてこないとは言えないわけです。
また、きじふさんのご指摘から、
「恋」は結婚制度と両立するが、「恋」は売買春という行いと両立しない。
と再定義させていただきます。
KZYさんより、目的がまだわからないとのことですが、すぐに明らかになりますので、よろしくおつきあいください。
さて、ここで、恋する買春夫に名前を付けることにします。彼はそもそも買春夫なわけですから、買春男、K男さん、また恋される売春婦にも名前をつけます。売春女ですから、B女さんとします。
さすがにK男さんと言えども良識のある一人の市民です。売春婦にのめり込んでいく自分になんとかブレーキをかけようと、しばらく彼女に会うのをやめにします。が、仕事をしていても何をしていても、とにかく彼女の顔が浮かんできます。
彼女が何か危険なめに会っていなければいいけれど、K男さんは彼女の無事を確かめるだけ、と自分に言い訳をして、出かけて行きます。
B女さんに会うと、彼女は以前と同じように美しく元気そう。
K男さんは、彼女の顔をみると安心して、
「君はどうしてこんなことをするようになってしまったの?」
などと、聞かなくてもいいことをまた聞いてしまいます。
B女さんは、「あなたはいい人だと思うけど、わたしは男性が信じられない」と長い睫を下に向けて告白します。
「僕はそんな男じゃない!」
K男さんはとにかく、恋に目がくらんでいます。
K男さんは、あろうことか、お金だけ置いてセックスをしないで帰ってきます。
これで、K男さんは、お金を払いながらも性サービスを享受しない、というおかしな存在になります。つまり純粋なる「恋する男性」となったわけです。
つまらない物語に付き合わせてしまって、申し訳ないので、今日はこのへんにします。
恋と売買春が両立しないということの証明にこれでなるでしょうか?
この時点で、K男さんは、B女さんに対して、買春行為を行い難い精神状態になっているという
ことです。
もう少し、がまんしてもらえるならば、明日以降、「援助交際はあなたの恋に傷が付く」の根拠
となるモデルを展開します。
98/06/18
売買春の定義を金銭の授受により「性交を行う」というふうに限定すれば、K男さんのやっていることは、やはり買春ではなくなり、また、性というのをもっと広いものととらえると、つまり、性には性交を行わない、たとえばお話をするみたいなものをも含めるととらえるとK男さんは確かに性サービスを享受していることになりますね。
さて、恋するK男さん、また恋されるB女さんの本日の恋の行方は。。。。
B女さんは、とにかくK男さんのことを変な客だと思っています。
話だけして帰るなど、、、しかもK男さんはまだお若いはずなのに。。。
でも、B女さんにとってはとにかくいいカモなので、K男さんを適当にあしらっています。
それにK男さんは別に臭いわけでもなんでもないし、このような場で出会わなければちょっとくらい付き合って上げてもいいかなというくらいの、B女さんにとって、好感の持てる類の男性でした。
しかし、B女さんは、売春制度というものが日本にない以上、アマチュアのそしりは免れませんが、その精神は確かにプロフェッショナルに限りなく近いものでした。
男、イコール金、です。
ただ、B女さんは自分が性サービス(=性交)を行ってその対価を得るという「しごと」をしているつもりでいましたので、K男さんがお話だけしてお金を置いていってくれることになんか少し悪いなぁ、なんてことを思っていました。
K男さんが何回かそのような買春夫にあるまじき、買春行為を重ねるうち、B女さんもK男さんのことを考えるようになりました。
K男さんにとっては、もしかすると、自分とこうしてお話していることが性行為と同じくらいの価値があるのではないかしら?
K男さんも確かにそのようなことを言っていましたし。
そのように考えるとB女さんは、K男さんからお金をもらうことに罪悪感を感じないで済みました。それに、B女さんは、やっぱ、アタシってイイ女なんだよね〜。みたいなことも感じるのでした。
B女さんは、すこしづつK男さんに惹かれはじめているのかもしれません。
それにB女さんも、このまま売春暮らしをしてるのもなんだよなぁ、なんてことを考えています。
同じ売春婦仲間には、ちょっと年をとって売れなくなったBB女(ばばぁの売春婦=略してBB)さんみたいの人もいるので、B女さんはBB女さんみたいになるのもなんだしなぁなてことを考えています。
一方、K男さんですが、K男さんは買ったばかりのマンションのローンがあるにもかかわらず、B女さんにお金をつぎ込んでいます。
とにかく、B女さんに会うということは、K男さんにとって幸せなことで、そのお陰で一日24時間だって働けるぞぉというパワーも沸くのです。
K男さんは、買春夫としてはかなり失格とは言え、会社ではばりばり仕事をこなしていました。
ボーナスだって、もしかしたら余分にでるかもしれないし。。。
ある日、K男さんは昇進の辞令を受けます。
昇進したときは、妻と祝杯をあげるのがならいのK男さんは、まっさきにB女さんに報告に行きます。
買春夫に「昇進したんだ。」と言われ、当惑するB女さんでありました。
なんか、だんだん図にのって、モデルだか三文エロ小説だかわからなくなってきました。
それほど長く続けるつもりはないのですが、、、、、B女さんにはこの後、K男さんに恋をしてもらい、K男さんには、離婚、B女さんとの再婚という運命が待ち受けています。
みなさんには、いろいろと異論があることと思いますが、運命の神さまはわたくしですので、こ
のままとことん、二人に恋をしていいただきたいと思います。
『本恋』中間決算
「ほうとうの恋」モデルはまだ書き終えていませんが、ここで思わぬ収穫がありましたので、ご報告申し上げます。
みなさんの華麗なるツッコミにより、わたしはある重大なことを自分が見落としていたことに気がつきました。
すなわち、「買春夫には買春夫のモラルがある」ということです。
「売春婦に惚れない」、という努力をするのだと平井さんがおっしゃっていましたが、まさにそれこそが基本ルールであると思われます。
理由は、買春夫が売春婦に惚れる、ことにより、売買春はすなわち公序良俗に反してしまうのからです。
つまり、売買春が公序良俗に反するというとき、われわれがどこが一体公序良俗に反するのだろう?と疑問に思うのは、買春夫また売春婦が驚くべきことにその倫理コードに基づいて行動していることを前提とするからです。
性病が流行るなどというのは、インフルエンザが流行るように悪いわけで、公序良俗に反する、とは言えません。
しかし、夫が買春の結果、その買春相手に惚れてしまった場合、十分に公序に反してくるわけです。
また、これも平井さんが教えてくださったのですが、100万人に一人ではなく、自分のともだちにもいるよ!というぐらいには、起こり得ることである。
ここで、我が友人にして、サラリーマン川柳の大家、夢迷人氏の反面的ご神託に耳を傾けてみましょう。
ABC Hの後にIがある
つまり、売買春においては、Hの後に「愛」があってはまずいのです。
家庭崩壊、つまり公序良俗に反するわけです。
しかし、本来Iの後にHがあるものだとしたところで、Hの後にくるIというのは、不思議でもなんでもない。
つまり売買春というのは間接的に公序良俗に反するのであって、直接的にではないのです。
では、直接的に公序良俗に反しているのは何かというと、つまりわたくしの好きな「恋」というわけです。
きじふさんもご指摘されていたように、結婚とういのはやはり優れた制度で、結婚に於いて恋する場合には何も問題はないわけです。
しかし、ご承知のように、恋というのは制度で囲い込める類のものではありません。
ほとんどビョーキ、なわけです。
また、わたしの「本恋モデル」で実験されていることが何らかの証拠になるのであれば、恋をしてしまった男女にとって、売買春という囲みはそぐわない。
「援助交際はあなたの恋に傷がつく」ところまでまだお話は進んでいませんが、わたしが少女たちに対して、売買春をする少女でいるよりは、恋する少女でいて欲しいと願うのは決してわたしの倫理観の押しつけではないということを認めていただけるでしょうか?
98/06/19
KZYさんのご発言。。。
>まだ私の考えがおわかりでないようですが、売買春は、性交をする代価として金銭等を支払う
という「契約」であり、お金を払った時点で売買春契約が成立している、つまり売買春が行われているとみなされるということです。契約後の行為を問題にしている訳ではありません。
なるほど、KZYさんは「契約」にのみ着眼しておられるのですね。
わたしは、契約後の行為の方を問題にしている、つまり売買春の「実質」を問題にしているのです。
それでは、KZYさんにとっても、もはやK男さんは買春夫ではいられないのだ、ということをは
っきりさせるためにも、本日の二人の恋の行方を追ってみたいと思います。
さて、昨日K男さんがあまりに幸せそうに「昇進したんだ」などと報告するので、B女さんもなんかへんだなとは思いつつ、にこやかに話を聞いてあげました。
K男さんは「君のお陰だよ」なんてことも言いましたが、思い返すとB女さんはなんか損をしているような気がするのでした。
第一、B女さんはK男さんの妻でも恋人でも何でもないのです。
なんか勘違いしてるよなぁ、とB女さんは不機嫌になります。
友だちの売春婦に愚痴をこぼしたりもします。
もとイケてる援交少女二人組だったB女さんの友だち、T女(=友だちの売春女)にぶちぶち文句を言います。
T女さんは「そのK男ってさぁ、あんたに惚れてない?」なんてことを言います。
B女さんも自分が惚れられてることは重々承知していましたので、それは素直に認めます。
T女さんは、なにせもとイケてる援交少女ですので、モラルもへったくれもありません。
「奥さんから取っちゃえばぁ」なんてことを平気で言います。
もちろん、B女さんにも、かつて管理売春の頃に存在したような「売春婦のモラル」などかけらも持ち合わせがありませんから、「そうだよねぇ。専業主婦ってのもあり、だよねぇ」と、以外とあっさり結婚への心づもりができてしまいます。
B女さんがその気になっているのです。
たわいもないとはK男さんのことです。
「ほんとうにわたしが好きなら奥さんと別れて!!!」
K男さんは実際びっくりしますが、ボーナスが出てもローンが一銭も返せない今となっては、自分から別れてと言わなくても妻は確実に家を出ることになると予感していましたので、
「妻とは別れるよ」
なんてことをしらっと言ってのけるのでした。
もちろんいろいろともめて、仲人だった上司にもねちねち言われ、K男さんは離婚にあたっては生きた心地もないような状態でしたが、とにかく離婚。
そして、ローン半ばのマンションを慰謝料代わりに奥さんに差し上げて、じぶんはマンションのローンともども、B女さんの賃貸マンションに移り住むことになります。
もちろん、K男さんには出世の見込みはなくなったとはいえ、きちんとした職業もありましたし、貯金はないとはいえそれなりの収入もありましたので、二人の新婚生活はとりあえず幸せそうに始まります。
当然、B女さんは専業主婦です。
B女さんの職業柄、共稼ぎというのはいかにもまずいですし。
というわけで、驚くべき事に、二人の恋は売買春制度を離れ、結婚という制度に軟着陸するわけ
です。
つづきは、またあした。
あしたでおしまいにします。
さて、当然わたしが書いているのは、モデルと呼んではいますが、単なるお話です。
わたしが都合のいいように展開するわけです。
これから、「心にも体にも、また魂」にも無傷だった援助交際がB女さんにもたらすであろう不利益をこれから展開します。大どんでんがえしの類はありません。
K男さんは、B女さんと結婚してはじめて、というか、しばらくぶりにB女さんとセックスをします。
とにかく、B女さんも今やK男さんの愛を心から受け入れ、K男さんだって長い禁欲を経た後ですので、すばらしい夜をすごしたであろうことは想像に難くありません。
K男さんは出世の見込みはもうないだろうと陰口を叩かれながらもきちんと会社に行っています。
やはり離婚前と皆の様子が違うということをK男さんは感じざるを得ませんが、K男さんはとにかく忙しくもありましたし、K男さんなしでは進まないプロジェクトなどもありましたので、皆が陰で何を思っていようが、K男さんが会社で必要とされていることには変わりはありませんでした。
それにK男さんには、何と言ってもB女さんとのめくるめくセクシーナイトがあるのです。
ちょとやそっとのことではへこたれません。
また、世の中の心ある人たちがK男さんの不幸を望んだところで、人の噂も75日、K男さんの離婚、再婚劇なるものは、皆の記憶から薄れてきます。
K男さんは出世の望みはないと思われていたのですが、プロジェクトの成功なども手伝って、めでたく課長代理に昇進します。
K男さんは、いまや押しも押されもせぬ妻であるB女さんに、ににこにこと報告します。
「今度は課長代理だよ」っと嬉しそうに言うK男さんの話をこころから喜んであげられるB女さんでした。
さて、B女さんの元に一通のはがきが届きます。
高校の同期会のお知らせです。
もとイケてる援交少女B女さんは、T女さんを誘って行ってみようかな、なんてことを思います。
久しぶりに電話をかけるとT女さんは、とても冷たく「わたしは行かないわよ」と言います。
B女さんはちょっぴり寂しい思いをしますが、B女さんは今やイケてる課長代理夫人として、皆の前に再デビューすることで頭がいっぱいですので、一人でも行こうと決心します。
一方T女さんは、B女さんのような幸運が自分に降りかからないことに何かものすごく不公平な印象を受けていて、不機嫌な毎日を送っていました。
そこへB女さんから同期会に行かないかと言われたのです。
T女さんがむっとしたのも無理はないですよね。
B女さんは今や貞淑な人妻ですから、K男さんに同期会に行ってもいい?などとかわいく同意を求めます。
「2次会に行っても10時くらいには帰れるわ」
もちろんK男さんはかわいい妻が同期会に出席するのに異論はありません。
「いいよ、行ってらっしゃい」
と快く送り出してあげます。
B女さんは久しぶりに皆に再会します。
元クラスメートのみんなは、もとイケてる援交少女が同期会に出てきただけでも驚いていましたが、今や押しも押されもせぬ課長代理夫人だと聞いて、B女さんってうまいこと生きてるなぁなんてことを思います。
援交をしていようがしてなかろうが、友達は友達です。
B女さんは、思う存分夫の自慢話をし、2次会、3次会と楽しい時間を過ごします。
とにかく、夫の自慢話に明け暮れているわけですから、B女さんは夫になにか悪いことをしているという意識はありません。
すっかり午前様状態のB女さんは、タクシーで帰ればいいやと思ってまだ皆とわいわいやっています。
K男さんはひどく不機嫌な様子で、一人で起きて待っています。
10時に帰ってくると言ったのです。
時計を見ながら、いくらなんでも終電までには帰ってくるだろうと思ったのです。
俺は何かB女に悪いことをしただろうか?
どうしてこんなに心配させられなくちゃならないんだ。
そもそも俺とB女は何だったのだろう。
B女とはどんな女だったのだろう。
K男さんの心にふつふつと今初めて沸いてきた疑念は、一度沸きはじめると留まるところを知りません。
あいつ売春してたんだよなぁ。なんてことを思い出して、今初めて売春の意味がK男さんの心に浮かぶのでした。K男さんが買春をしていたころのことをも思い出します。
自分があの頃は性をとても狭いものに捉えていたのだ、と今やっと思い始めます。
その狭い意味での性、つまり下半身だけの性の相手をしていたB女。
そして今、たった今、何をしているかわからないB女です。
さて、三文文士はここで筆を置きます。
誰だって妻が遅くなったら心配するでしょう。
しかし、結婚生活で小さな壁にぶつかったとき、この壁を乗り越える必要が出てきます。
あえて、このまま二人は別れてしまうとは書きませんが、K男さんはB女さんに対する疑念を乗り越えられるでしょうか? B女さんは何も悪いことをしていないのに疑われるということを我慢できるでしょうか。
B女さんは、元イケてる援交少女です。
心に悪い。
体に悪い。
魂に悪い。
でもそんなことはぜんぜんなかった。B女さんは今まで後悔をしたことはありませんでしたし、精神を病むなどということもなかった。
ちょっと我慢して自分の体を売って、その正当な代価を受け取っていただけです。
しかし、B女さんは、自分の最も近しい人に信頼を受けるという権利を抵当に入れていたのだと言えなくはないでしょうか?
また、未成年の少女が自らの信頼を抵当に入れ、近い将来、信頼の禁治産者になるような行いを認めるような環境を、われわれ大人は放置しておくべきなのでしょうか?
「援助交際はあなたの恋に傷が付く」の根拠の一つとしてこの拙文を皆さんに提示させていただきます。