山口あずさ - 98/06/16
Pastelwork+i.u. さんより、個性について新たに解答例をいただいた。わたしには到底書けない控えめな文言にある種の輝きを感じます。Pastelwork+i.u. さん、ありがとうございます。


●山口あずさ 題名:守口守さんからのメール(ご本人の了解を得てUP)

投稿日 : 98年7月21日<火>

>個性について>> …の個性を素のままであったと思うのは大きな間違いである。破天荒な日常を生> きるにはものすごいエネルギーを必要とする。

彼等は、そう生きることを当たり前と思っていたのではないでしょうか。たとえば、あの長島茂雄さんは、血が出るほど素振りをすることが当たり前だったように。確かに膨大なエネルギーを必要としますが、逆に言えばそれだけのエネルギーを持っている人だけが「個性」を持つことができるのでしょうか?もっとも、凡人の尺度で彼等を推し量ることはできないでしょう。いつかは、彼等の目線で物を見てみたいとは思いますが…

> 個性とは、同じことをしても現われるきわだった違いです。

僕は、個性が他人と際立った違いとは思っていません。個性とは、個としての存在を示すものだと思っています。それが結果として同じであっても、いいんじゃないでしょうか。

> ティブな魅力が加味されています。しかも、個性とは主に自分で表わすものであ> るというよりも、他人が認めるものです。したがって、わたしは無理に自分で個> 性を主張することはせず、 他人の個性を尊重します。(文責:Pastelwork+i.u .)

そうですね。他人が認めるもの、という考えはわかります。そうかも知れません。まあ、自分を「個性的」と思う人ほど、個性がない、ってことでしょうか。

とある雑誌のコラムに、今年から就職面接をすることになった人の感想が書いてあった。ある学生が、自ら「個性的である」とのたまわったそうなんだ。で、最近はコンピュータを使い、インターネットもこなしていると言うので、どこのコンピュータを使っているのか?と尋ねると、「NEC」と答える。どうしてNECなのかと更に聞くと、「みんなが使っているから」…多くの人にとって、個性とはこの程度のもののようです。また、人と違わなければならない、と思い込んでいる人も多いようで、どうも日本では、何かいいと言うことになると、勝手な思い込みで「ザザーッ!」と一方向に雪崩れ込んでしまうような気がします。個性とは、その人の存在がわかるもの、ではないでしょうか?今の日本は右にならえ!が多すぎます。


●山口あずさ 題名:個性について 投稿日 : 98年7月21日<火>

守口守さんより、個性が結果として同じだったらそれはそれでいいというご意見を頂いた。確かにそれはそれでいいし、それはそれで素敵だと思う。個性と称する素性をひけらかしている恥ずかしい人たちがあまりにも多すぎる。わたしはテレビどころか、新聞のテレビ番組欄すら見なくなってしまった。老化現象かもしれないが。。。。